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「西アフリカ最終章。ガーナ縦断の旅。中部~南部編」

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モロッコ南部からの西サハラ越え~西アフリカ縦断~ガーナ北部と、ず~っと砂漠やサバンナのパサパサに乾燥したエリアだったが、
ガーナの中部地方から熱帯雨林気候になり、湿度がグ~ッと上がり、じ~っとりと汗をかき蒸し暑く、晴れているのに洗濯物が乾かなくなった。
最高気温は42度から35度になった。寝苦しい夜から解放されそうだよ。
赤道に近づくにつれて気温は上昇するものだとばかり思っていたが、そうでもないんだね~。

そして、ガーナに入国してから、子供の物乞いを見かけなくなった。客引きもいなくなった。
これが旅がしやすいと言われる所以だな~。
店の看板がやたら啓蒙活動。神を称える熱きメッセージばかり。
イスラム教徒はいなくなり、キリスト教徒ばかりになった。クールになり、人と人の間に一定の距離間があるのを感じる。でも、とても親切な人々のガーナ人達。とくに南部。
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ガーナの中部~南部の公共交通機関は、ボッタクリもなく正規料金で座席指定のチケット、クーラーが効いた快適バス。
もう快適ニルヴァーナなんて喜んでいたレベルなんてすっ飛ばして、もう1サイクル回って輪廻転生して物質社会現代にワープして来た様だよ。
「ケープコースト」~「アクラ」なんて、アメ車FORDのワゴン新車!この3年半旅で一番快適な公共乗り合いバスだった。ラジオから流れるヒップホップの繊細なMIX捌きにも発展を感じたよ。
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「クマシ」 ガーナ第2の首都。(写真上)イギリスに最後まで抵抗した誇り高き「アシャンティ」の都。西アフリカ一の規模の巨大マーケット。だが、売られている商品は8割は中国製だろう。アフリカをイメージするカラフルなマーケットでは無かった。そこへ集まる人々も民族衣装では無く普通の服なので、特別な感じはなかったが、ただす~っごい人。人。人!!中国の広州のマーケットの人が、中国人じゃなくて黒人になった様な印象だった。そして、人々の歩く速度の早さに驚いた。
カルチャーセンターでは、村のクラフト作りが見られる。染織工芸、編み籠、ジャンベ作り(写真下)、太鼓作り、陶芸、ブロックプリントなどなど。町の喧騒から一息つけれる公園になっている。
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「タコラディ」 大西洋ギニア湾の港町。ガーナに来てやっと居心地の良い規模の町に辿り着いた。海が近いからか空気がよくなり過ごしやすい。
人々が、すごい陽気でオープンになった。

「エコロッジのビーチ」 亀の産卵を保護する活動をしている宿。地域住民にも呼びかけて、卵の売買禁止や食べないように指導をしているプロジェクトを持つエコロッジ。もちろんソーラーパネルの自家発電。トイレは清潔感のあるコンポスト。シーズンには産卵見学ツアーもある様子。人のいないビーチを1km歩くと、ドローカル漁村。
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ジャングルと海に挟まれた小さな村と言うかバラック。陽気な子供がいっぱい!学校をたてるために生徒(中学~高校生くらいの年)が、自ら石材を頭に乗せて丘へ上って運んでいた。楽しそうにしていたのが印象深く、彼らは写真を撮ってと声をかけてきて自慢のポーズをキメてた。アフリカの子供達なんてカワイイんだろう~!
この宿は、西洋人に超人気なので要予約!「GREEN TURTLE LODGE」ツイン20セディ。
周りはビーチとジャングルのみなので、食事は宿で。朝食:5セディ~。昼食:6セディ~。夕食:10セディ~。朝食:フレンチトーストWITHローカル蜂蜜など。リアルコーヒー:2.5セディ。
(写真下、握手を求められすぎて成田空港状態。カメラを向けた途端、「俺の文房具!」でキメ!」
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ここでイキナリ、「ガーナ★3つ星★ずっこ家ミシュラン屋台メシ」(1セディ=55円)
デノミの影響とインフレが激しいので、前情報より基本的にすべて値上げしていた。
しかし、セディの価値が下がっているため、実際に支払う価格は円計算だと、むしろ前情報よりも安くなっていた。

★「ジョロフライス&チキン」(写真右) パームオイル+トマト味の炊き込みご飯+鳥のから揚げ+サラダ。スパゲティが付c0158636_8353282.jpgく時もある。2セディ~
ガーナ北部は、「スパゲティ」の事を堂々と「イタリア」と呼んでいた。最初、何を言っているのか英語なのに理解できなかった。
「ライス WITH イタリア?」と聞かれた。
それじゃ、カレーをインド、チャーハンをチャイナ、ビールをジャーマニー、寿司をジャパン。という括りになるよ。デカイな。
★「ジョロフライス&アボガド(肉食苦手な人向け)」 全体的にスパイシー味なので、アボガドがまろやかテイストc0158636_8374593.jpgにしてくれる。2セディ~
★「ワチェ」(写真右) 豆御飯+サラダ+たまねぎを煮込んだソース+トマトソース+スパイスソース+ゆで卵。ベジタブルビビンパって感じでシャキシャキな歯ごたえで美味しい。
目分量の量り売りで、大体1セディ(ゆで卵付き)でお腹い~っぱい。丼メシで日本でも流行ると思う。
★「名前がわからん」 指差して注文してた。モロヘイヤと干し魚をミンチしたオカラの様なソース ON THE ライス。めちゃ旨い!! 量り売りで0.5セディ~。
★「プランテン」 甘くないバナナの炭火焼。スライスして揚げてあるチップスも、バナナ風味に塩味が効いてバス旅のお供。0.5セディ~。←昔の価格の名残で5000と言う人もいる。

ガーナ郷土料理は、たくさんあるけど全部練り物。。。大体1玉0.2セディ~と格安だったけど。。。
ん~~我が家は苦手な食事だった。火傷覚悟で素手で食べる。

*「フーフー」 ヤム芋の粉を、杵と臼で餅つきの様に練ってデカ団子にしたもの。スパイシーなナッツ(ピーナッツ?)ソースをかける。
*「ライスボール」 その名の通り、御飯を丸くしたものだが、御飯が少しつぶれる程度に中途半端に練ってある結局練り物。ソースにオクラ(もしくはモロヘイヤ)のネバネバ系か、臓物系ソースをかける。
*「TZ」 北部限定食。なんだったけなぁ~?練り物だったけど、米だったかトウモロコシだったかなぁ~。とにかく練り物。
ソース名もガーナ語だったが忘れた。このソースは「ベジタブル」か?と聞いたら、堂々と「ベジタブルだ!」とレストランのスタッフに言われたのでオーダーしたら、ドロドロの臓物ソースが出てきた。。。英語圏だが、理解できない事が多々あった。
*「オモトゥ」 日曜日限定。だけど、基本ライスボールと変わらない。ちょっと練りに時間かけたねって感じな、キメ細かい練り物。がんばってる感の練り物。
*「ケンケー」 プランテンの葉に包まれている、中身はやっぱり練り物。何の練り物か忘れた。揚げ魚、揚げ海老&「ぺぺ」というトマトとチリのスパイスソース付き。
*「バンクー」 酸っぱい発行させたような練り物。「ぺぺ」のスパイスソース、焼き鯖付きあり。炭火焼きの鯖を手でほぐして、練り物と食べる。もう単純だけど複雑な触感。

全体的に、ガーナ北部より南部の方が、味のバランスが良かった。それまでは、本気でガーナ食シンドかった。(ただ味に慣れたのかも?)
元フランス植民地から元イギリス植民地へ、ただフランス語圏から英語圏になっただけでなく、味覚という感覚までもバックグランドのお国柄が出ているのかと。。。

路上のお茶文化が無くなった。乾燥地帯じゃないからか?水が不味いからか?ゆっくりお茶する場所が無い。時間優雅な英国アフタヌンティーどこいったんだろう?
その代わり、「アルバロ」(1セディ)という微炭酸のジュース、パッションフルーツ味やパイン味が国民の飲料アイドルだった。湿度が上がると炭酸が飲みたくなる法則。
屋台カフェ(中部~南部)は、今までの激甘カフェオレでなく、コンデンスミルクからエバミルクになり、若干甘味が抑えられた。1セディ~。
フランスパンは、もう見かけなくなり、日本同様の甘みのある食パンが朝食の定番になった。
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「ケープコースト」 アフリカ奴隷の出所要塞がある海沿いの町。教会があちこちたくさんある。
日曜ミサのゴスペルが、ドラムやギター、ベースにキーボードというバンド編成で、歌唱力がとんでもなく、「ローリン ヒル」かと思ったよ!
そして、礼拝に来ている人達は、まるで神が見えているかの様な恍惚とした表情で、踊っていたのが印象深かった。アフリカンゴスペル昇天!
リズムがあれば、基本どこでも踊るアフリカ人。道を歩いてても、音楽が聞こえたら踊る。店の人も踊ってる。バスを待ってても踊る、乗ってても踊る。お尻プリプリ踊る。

西アフリカらしい躍動感溢れたガーナ伝統音楽、太鼓(←名前忘れた)が10個。ダンサー10人のミュージカル仕立て、アメリカのサポートによるパフォーマンス集団。(写真下)
「OASIS」と言う宿兼レストランの野外ステージで、毎週末プログラムあり。
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「首都アクラ」 フライト探しの日々。ここから「エジプト」へ飛ぶため。旅行会社もレストランもBGMは、「しゃ~でぇ~ SADE」 
なぜなら、ブラック音楽の宝庫「ナイジェリア」出身だもん。しかも英語圏同士だしねガーナとナイジェリア。昼も夜も甘いよぉ~~~。

中東~EU~西アフリカ縦断の後は、この先のアメリカ大陸へ行く前に、エジプトでゆっくりしようと予定していた。
西アフリカから脱出するのは(片道)、どこも高額(700~1000USドル)だが、「ガーナ」~「エジプト」はまだ安い方(500USドル)。
旅行会社を通しても、ネット予約でも、価格は一緒。エジプトエアー空港支店は現在閉鎖。
旅行会社はガーナ現地通過セディ現金支払いのみ。オンラインのドル支払いの方が得。なぜならガーナ通過が不安定でレイトが悪い&ATMの引き出し上限額が400セディまでなので、引き出し手数料の負担額が大きくなるため。しかし、オンラインに間に合わなかった(2日前)ので、旅行会社でチケット手配。店によってレイトもチケット価格もバラバラだったので、数店舗探し歩いた。CITYBANK国際キャッシュカードは、[BARCLAYS銀行]のみ使用可能。

アクラ宿:「PACIFIC HOTEL」ダブル25セディ。トイレ&シャワー、鏡台、ファン付き。清潔で快適。
何よりも!宿の横に夜8時から屋台が出るのだが、準備段階から人が群がるほどの超人気ガーナ料理屋台!
店を切り盛りするのは若いおねえちゃん3人のチームワークが素晴らしい!
ここで最後に、ガーナ屋台料理の真骨頂を知ることが出来て良かった。

無事に、ガーナを半月かけて縦断し、西アフリカ3ヶ月間の旅を終える事ができた。
ガイドブックも日本では近年発行されておらず、旅人も少なく(結局、日本人は友人の山ちゃんしか会わなかった)、情報もかなり乏しい西アフリカの縦断の旅は、いろいろと困難な部分が多く感じられるけれど、
旅バランスを擁し、生きる上で大切な何かや自分自身と深く向き合う事が出来る数少ない残された旅路の一つだと言っても過言ではないエリアだった。そういった面も含めて、旅をしている!という感覚が指先までビシビシ感じられた日々だった。
全く違った生活形成や文化との出会いが旅の醍醐味ならば、西アフリカの旅は、我が家にとっては最高の旅路だった。
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今、エジプトの大オアシス、革命後の新しい「首都カイロ」です。
未来明るい自由を謳歌する革命家エジプト人に囲まれる日々。町の喧騒と、人々のオープンマインドで過剰なジェスチャーと、お節介に癒されてます。

久しぶりにネット環境もまともので、DJ JETSTREAM「音ブログ」もそのうちUPしていく予定です。気長にお待ちくださいね。
(写真に写っている薄い影は、西サハラ越えの際、デジカメに砂が入っちゃった。。。リコーさん、どうしたら良いの?)

改めて、こうして旅を続けられる環境と、理解ある家族と、応援してくれる仲間に、感謝します。

2011年5月中旬。

いつもどうもありがとうございます。
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♪旦那の音ブログ。音楽で世界を旅する。どうぞ→「旅するDJの世界音楽至福のひととき」
ॐ嫁のヨガジュエリー。穏やかな日々へ。どうぞ→「maitreya」
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by laidbacktrip | 2011-05-29 08:48 | ガーナ | Comments(1)

「西アフリカ最終章。ガーナ縦断の旅。北部編」

ガーナ北部も、まだサバンナ地帯、最高気温42度。。。c0158636_8562936.jpg
連日の40度越えも、2ヶ月たとうとしている。暑さにバテてきた。
雨が増えてきた。マラリアに罹る危険性が高くなる時期だ。

そして、元フランス植民地から、元イギリス植民地へ。
アフリカ初の英語圏になって意思疎通が楽なった。(アフリカ英語の訛りも強烈ね)
出会う旅人も、ヨーロピアンからアメリカンに変わった。。。旅人同志の距離が遠くなった。

さらに、水が不味くなった。(水道水もフィルター水(ビニールのパック)も、絵の具の味か、石鹸の味。。。)
ガーナ料理が口に合わない。。。
ケンケー、TZ,、バンクー、フーフーなど、穀物や御飯の練り物などだが、全部同じ様なモノに思えた。
一通りトライしてみたが、2度は無かった。
スパイシーな味付けなのだが、屋台もレストランもMSGフルパワーだよ。(北部国境近辺のみ)

下痢と吐き気が毎日。。。(結局、嫁はガーナ滞在中半月間。旦那は何とか持ちこたえた。)
ジワリとボディーブロ。


そんな先行き不安な「ガーナ縦断」は、予定外のヒッチハイクで入国。(イミグレの役人も紳士的、黄熱病予防接種カードのチェックもスマートだった。)
乗り合いタクシーのボッタクリに辟易していたら、ガーナ人がヒッチハイクのトラックを探して来てくれた。国境エリアでこの親切度合いは、ハイレベル。
巨大トレーラー。初めてトラックにヒッチハイクで乗った。
運転手と助手、その後ろのシートに座り、高い車窓からサバンナとガーナの田舎の景色。
舗装道路は完璧なフラット。しっかりとした外灯までついている。たぶん日本製援助道路。
町まで31kmの距離はあっという間だったけど、とても親切なガーナ人達とは、
「今後は、日本で会おう!トラックで!」と握手して別れた。
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「ボルガタンガ」 アニミズムのパワースポット。トンゴの丘。テングズグ集落。(乗り合いバス:トロトロ30h、0.8セディ)
村から歩いて片道4km。まだまだ最高気温42度。。。もちろん帰り道も歩いて4km。
神聖なシュライン(神殿)の岩場に囲まれたエリアに。入り組んだ土壁の小さな家屋。
井戸水飲んで灼熱の中、辿り着いた小高い丘には、インドのハンピの様に、自然が織り成す、神業の岩の造形。
宇宙のバランス。サバンナの地平線。
神殿へは入場料:10セディ、学生8セディ。(ガーナは三大外貨収入源の内、観光業が含まれている)神殿までさらに歩いて2~3km。
ビジターセンターがあり、やる気の無いおじさんが管理している。ガイド無しなら5セディだけど神殿へは行けんよ。と言ってた。

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「ボルガタンガ」~「タマレ」 トロトロ:2,3時間←忘れた。5セディ(荷物代:1セディ)大型バスほど安いと言っていた(2~4セディが相場)
クーラー無し。車内の音楽アメリカンヒップホップ。「エミネム」がバァ~っと流れた後に、「マライヤキャリー」とかビックリする選曲。
そうそう、元イギリス植民地だから英語圏になったのだけれど、イギリスじゃなくて、THE アメリカ!
節々にアメリカを感じる。オバマフィーバー!
西アフリカは、どこもオバマフィーバーしてたけど、「ガーナ」は英語圏だからか、キリスト教徒が大半だからか、アメリカ意識をより強く感じた。
南部ガーナの港ケープコーストが、ジャマイカやキューバ、ブラジルへの黒人奴隷の出所だったからか。
現にアメリカ黒人が、「ルーツはガーナだ」と言う人も多いらしく、その一人に「スティビー ワンダー」も含まれるとか。


「タマレ」ガーナ北部の交通の要所。ここから「モレ国立公園」へ。←徒歩サファリ(歩いて野生の動物を観察)が出来るという稀有な国立公園。
「モレ」行きバスのチケット発売開始は、朝6時から。
明日の6時にまたチケットを買いにくるとして、今日は「タマレ」で1泊しよう。

宿:「カトリック G.H」バスターミナルから2km。タクシー1セディ。
トイレ&シャワー付。小さなバルコニー&ファン付。TV付だがチャンネルは2個だけ。
ガーナは蚊帳付の宿が無いな~。マラリア汚染地区なのにな~。。。ただし網戸はシッカリしてる。
シングル21セディ。ダブル28セデイ。


翌朝、夜明け前の朝6時。薄暗い中、旦那が歩いてバスのチケットを予約しに行く。「メトロ。。何とかバス会社」←名前忘れた。
すでに人だかり。並ぶ事を知らない人達。全員がチケット争奪ライバル。
と、思ったら、名前を書いて予約するだけ。黒人だらけの中、旦那も押し合い圧し合いで見事、予約表に名前を記入!一瞬で予約完売!
な~の~に~、チケット本売りは、6時間後の午後12時半。バス出発の30分前。。。何?このややこしいシステム。すでに体力消耗だよ。
このシステムなら、ダフ屋がいてもおかしくないだろう。
名前だけ抑えて予約代行業務とか、バスターミナル前の商店とか遣りかねないのに、こういう隙間産業は無いんかね。


ま~いいわ。今日は朝から予約表に名前書けたし、チケットの予約出来たわ~。
この旅で一番大きな仕事をしたような達成感で、朝焼けが美しく感じられた。
そんな旦那、一人で朝御飯を屋台で食べる。オムレツとパンとミロ。(ガーナに入国したら、ミロがカフェ文化に登場)
水が不味くて、ミロが泥水に見える。。。
ま~いいわ、バスチケット予約した達成感と充実感で満ち溢れているからさ~。
心は、泥水にはならないのさぁ~。と、ルンルン気分で宿へ戻り、身支度整えバックパック背負ってもう一度、嫁と一緒にバスターミナルへ。

そして12時。予約してあるチケットを買うだけだが、人だかりが出来ている。並ばない国民性?(いまどき中国もインドもきちんと並ぶのに。。。)
これじゃ、早朝、予約した意味無いよ。。。
予約したなら確実にチケット取れるんだから、押し合いせずに並んだほうがスムーズなのに。。。また押し合いへし合いでチケット争奪合戦。
ん~~~。。。この旅で「2度とやりたくない」と思った事ってあまり無いけど、これは「2度とやりたくない」部類かな~

しかも、1時発のバスが来ない。最高気温42度。。。暑いよ。
6時間待っても来ない。もうすぐ、もうすぐと言われ続けて6時間経過。。。
夜7時。まだバス来ない。これ以上遅くバスに乗ったら、モレ国立公園到着は深夜か?翌朝か?疲労困憊で夜中のテント泊。。。
そんな事までして行きたいか?縦断ルートから反れるルートなのに、この状況。。。行くか?行かずか?
西アフリカの中で、国際援助により発展し旅がしやすい国と聞いていたが。。。北部は別物、忍耐だな。

そして、アザーンが響きわたり日没を告げた。と、同時に我が家も「モレ国立公園」行きをキャンセルした。
その場でチケット転売して、夜道を歩き宿探し。
しかし、旅の神は見捨てなかった。客引きがヒントをくれたのですぐ近くで宿が見つかった。
(結局、翌日は朝から雷雨大雨だったので、国立公園はキャンセルして良かったんじゃないかと)

タマレ宿:STCバスターミナルから近い安宿「AL HASSAN HOTEL」へ。
リニューアル部屋。巨大アフリカサイズダブル:20セディ。(改装前の部屋は、ダブル10セディ。シャワー&トイレ付)
TV、シャワー、トイレ、ファン、鏡台、机、椅子など、清潔で快適。ガーナ旅で一番綺麗で広々していた。スタッフも紳士的。


ここ「タマレ」は、さすが北部玄関口と言われている交通の要所なだけあって、バスターミナル周辺には、商店や売店、露天商がたくさんある。
屋台の食事もバリエーションが増え(?)、町の発展とともに、味付けがまともになった。
さらには、「チャイニーズ ファーストフード」売店の救世主現れ、春巻きとチャーハンで久しぶりにお腹いっぱい食べた。
日本のコンビニ食の様な味気なさだったが、それでもガーナ料理が口に合わない我が家にとってはクモの糸だった。
発泡材の容器、プラスチックのスプーン、紙ナプキン、輪ゴムなど、テイクアウト用の包装備品の完璧さに、ガーナの発展を感じた。
そして、ゴミ箱は設置されているが(どこかの国の援助だろう)、ゴミをゴミ箱へ捨てるという教育が無いのか、町中のゴミが目に付いた。

もうアフリカンタイムなんて無くなった。
ガーナ人の口からは、「時間が無い」という言葉を聞くようになった。

2011年5月上旬。
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by laidbacktrip | 2011-05-24 08:51 | ガーナ | Comments(0)

「黒人フルパワーのイースター@バンフォラ」

「バンフォラ」 (「ボボ」~「バンフォラ」 TCVバス、1h、1300CFA。(復路は、STMBバスを利用したがボロかった)

今までの日記でもマンゴの事を何度も触れてきたけど、この田舎町が最上級!
マリでは見かけなかった種別、枝接ぎで品質改良されて夕張メロンの様な大きくて濃厚マンゴが1つ25CFA~。(4円!)オーガニック農園などもあり、ドイツ人が学びにきていた。
アフリカンマンゴの脳汁分泌クラス代表格揃い。


バンフォラ宿:赤十字の宿。「仏語=クロアールージュ」シャワートイレ共同。ツイン4000CFA。
蚊帳ありだけど、穴だらけ。ファンあるけど暑い。トイレは外にあった。総合的に汚い。暑くて寝れなかった。。。

バンフォラ宿②:オフィシャルでない宿。NPOとかの施設だったであろう貸し部屋。シャワートイレ共同、ダブル4000CFA。蚊帳無し。ファンあり。清潔で広い。
庭にマンゴの木。客引きのラスタ風(エクステドレッド)が連れてってくれた。いろんな地元民が出入りするけど、感じの良い人ばかりだった。
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自転車に乗って、滝へ泳ぎに行ったり、蓮の花咲く湖に手漕ぎのボートで野生のカバを見に行ったり(舟漕ぎガイド付入場料2000CFA。舟無しではカバ見れない)
オッパイ丸出しの村を覗いたり、田舎の土道を探索する。(レンタル自転車1日:1000CFA)
村人も挨拶してくるだけで、ガイドとかの勧誘も無く、気軽にアフリカの田舎を回れる。やっぱりブルキナファソ素敵。
それでも、最高気温42度。。。まだまだ灼熱。。。日焼けで背中が痛い。。。

4日に1度くらい雷雨が降るようになった。もうすぐ雨季だ。
滝や湖、雨。
この2ヶ月間、サハラ砂漠地帯を旅した我が家にとっては、モロッコ北部以来の恵みの水。
旦那は「雨だよ!見て!」と言って、嫁を外へ連れ出した。
2人でぼ~っと、久しぶりの雨を眺めた。
少し暑さが和らいだ。気がする。
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子供の物乞いの人数が、セネガルやマリからしたら、圧倒的に減った。
ほぼ毎食、屋台で食事するたびに、お皿に少しだけ食べ物を残して、彼らに渡していたが、此処では物乞いが少ない。
物乞いの子供達はみんなお揃いのトマト缶を持った少年達。
西アフリカの物乞い達は、他の国の物乞いとは雰囲気が違う。悲壮感が少なく笑顔がある。
なぜ?女の子の物乞いがいないんだろう?と言う疑問を持ったので、今お世話になっている宿の家族に聞いて見た。

お揃いの缶を持った物乞いの少年達は、マドラサ(イスラム教徒学校)の生徒達で、
各家庭で子供を1人もしくは、賄いきれない場合は、2~3人ほどマドラサに入学させる。(チベット仏教のラマは一番下の子供) 
彼らの事をストリートチルドレンではなく、アラブ語で「タリビ」と呼ぶ。意味は「生徒」。タリバンもある意味「戦闘生徒」ってことだね。
しかし、授業料が払えなかったり、先生が貧しくて生徒に食事を提供できなかったり、もしくは先生がお金を独り占めしているため生徒に食事が提供できなかったりと、
国や地域によってさまざまだが、そのイスラム教の生徒達が食事を求めて、社会勉強の一環として、町の屋台やレストランの周りをウロウロしているとのコト。

道理で、お揃いの入れ物を持っているわけだ。
物乞い達にも、卑屈な強引さや曲がった感情が見られなかったり、
セネガルではパン屋がパンを配っていたり、マリでは板にコーランを書いて勉強していたりと、
ボロボロの破れた服を着ているが、貧しさあまりの悲惨さを感じないのは、この背景があるからかもしれない。
女の子の物乞いがいないのは、イスラム教ならでは、学校側がプロテクトしているんだろう。
キリスト教、アミニズムの信者の子供の物乞いは、いるのだろうか?
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c0158636_5204842.jpgそんな事を考えながら自転車に乗って、今日も真っ黒に日焼けしながら町や村を探索していたら、
町のはずれに公民館の様な小さな教会を発見した。
中を覗かせてもらったら、プロテスタント教会で、黒板には現地の「ジュウレ語」で書かれた聖歌詩。
簡素な作りの椅子の間には、ジャンベや四角い太鼓が置いてある。
まさか太鼓で聖歌??
オルガンではなく、アフリカの楽器、打楽器で演奏の聖歌なんて!
アフリカ黒人の歌う聖歌が聞いてみたい!フランス語圏のラテンの聖歌。

「今度の日曜の朝8時、ミサにいらっしゃい」とお誘いをいただいた。

そしてちょうどこの日曜日は、イースター(復活祭)だった。

朝8時に早速教会へ行ってみるが、1家族しかいない。。。
ん?この町のマーケットは日曜日。。。みんなマーケットへ行っちゃったかな?

9時半頃、もう一度駄目モトで教会へ見に行ってみたら、「ハレルヤ!」を大合唱中だった。
もちろんジャンベや箱太鼓、三角の鐘(なんていう楽器が不明)
聴きたかったアフリカン聖歌!アフリカンリズムの聖歌!
すさまじい黒人エネルギーに感動で震えた。踊りだす子供達。リズム感が良い。腰でリズムを刻んでる。
全員での大合唱は、本当にパワフルで美しく、鳥肌が何度も立ち、涙が込み上げた。
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先日、この教会でお会いしたおじさんが、我が家に席を用意してくれたのだが、
これが特別な異物を扱う様ではなく、みんなの席の間に入れてくれたのが嬉しかった。
小さな教会に集まる人々は、家族のように暖かく迎えてくれた。
50名ほどで満席になる掘っ立て小屋のような教会の屋根はトタン。相変わらず、最高気温は42度。。。
しかしこの日は、曇りだったので暑くなりすぎず、涼しい風が抜けて気持ちよく健やかな教会内だった。

次々に聖歌を歌う。イースターの特別な日だからか、各グループに分かれ聖歌発表会。赤ちゃんを背負ったかあちゃんが指揮者、ハンドクラッピングが激ウマのかあちゃん。
写真:西アフリカのかあちゃん達は、赤ちゃんを布で腰に巻きつけてオンブしている。
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穏やかな沈黙の祈りなんて無い。神に向かって叫べ!と。
全員で揃って、祈りの言葉を述べることも無く、各自、自由に、バラバラに、神に向かって大声で叫んでいたのが印象深かった。
あんな教会のミサ、初めてみたよ。黒人のパワーは凄まじいよ。

聖書を持っている人は、ごく僅か。
女性は殆ど持ってない。フランス語が読めなかったり、金銭的にも厳しいのだろう。

しかし、このミサは聖書要らずだった。
ブッタが菩提樹の下で悟りを解いた様に、師に従って教えを受ける弟子の様に、書物などなく語りのみ。
牧師がフランス語でイエスの磔から復活までの様子をアツ~ク語り、お付の人がジュウレ語で同時通訳する。

書物よりも、人の温度。


素晴らしい経験をさせてもらった。
おじいちゃん、おばあちゃん、そして日本の家族や友人のみんな、いつもありがとう。


2011年4月某日。

追伸:我が家は今、西アフリカを「ガーナ」まで南下し、革命後の新しいエジプトへ到着。
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by laidbacktrip | 2011-05-22 05:05 | ブルキナファソ | Comments(0)

ベストプレイスin西アフリカ 「ボボ@ブルキナファソ」


西アフリカの旅のオアシスだよ。c0158636_103614.jpg
情勢が悪化しなければ、もっと長く滞在したかったよ。
(情勢悪化に伴い、国外退去命令。日本の海外青年協力隊員も、急遽ブルキナファソから撤退し日本へ帰国。
我が家のこのブログにも、在ブルキナファソ日本大使館から直接コメントに書き込みがあった(4月18日付)
大統領の25年間独裁政治や物価高騰による国民の不満によるデモが、首都ワガドゥグでは数万人規模で起きた。
これが4月14日の事。我が家は偶然にも逃れ、その前日の4月13日、「ワガドゥグ」から「ボボ」へ移動していた。)
写真右:浜崎あゆみTシャツ発見!

首都「ワガドゥグ」~「ボボ」 TCVバス会社、5h、6000CFA。
こりゃびっくり快適ニルヴァーナバス。車内はクーラー付!!薄型テレビで映画!(ワガドゥグは、アフリカのカンヌと称されるほどの映画祭開催地)
サバンナの大地に、異次元的快適さ。
(復路は、STMBバスを利用したがボロくて遅くて乗り継ぎ悪かった。荷物はバスの天上へ。しかも雨だった。。。「ボボ」~「ポー」:7500CFA)
写真上:現在、運休中の路線。コートジボワールとの輸出業に影響が出ていると町の人が言ってた。
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「ボボ」(経済首都と呼ばれているらしい第2首都、名前がカワイイ)
首都がすでに激ユルだから、もう第2の首都なんてねぇ~。もちろん高層ビルやマンションなんて無いよ。市バスも無いよ。
デパートもあるわけない、歩ける程度の規模の町の中心にマーケットがあるだけ。
周りは小さな商店や露店、ゆ~~~~ったりして空が広く、長閑で居心地が良い町。
通りには大きな緑の木々、道には木陰がある。マンゴのたくさん実りまくり。
おかあちゃんたちが日陰を利用して屋台を出している。低いベンチにみんなで並んで食べる。
その木陰で、ランチ後の暑い時間は昼寝している人達。工作のような小さいベンチに大人がゴロ~ンゴロ~ン。写真下:マンゴが重過ぎて手が届く位置。パン食い競争みたいなマンゴ。
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乾いた地から来た我が家は、深呼吸しまくり。
サハラ砂漠の旅は、完全に終わったんだなぁ~。
木陰と湿度に感動!まだまだ最高気温42度。。。
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写真上:マンゴってこんな風に実るんだね。

ボボの宿①:「AUBERGE BEN KADY」シャワー付ダブル6000CFA。トイレ共同。売春宿が同じ敷地内にある。マンゴの木もある。
夜中には、化粧臭い派手なお姉ちゃんを乗せた原付バイクが出入りしていた。

ボボの宿②(移動した):ライブ会場「バンブー」野外ステージ&広い庭。(フランス人経営で毎週末アフリカン音楽ライブ開催)
シャワー&トイレ(便座付)、蚊帳付、ダブル5000CFA(オンシーズンは8500CFAらしい)
ステージ裏のアーティスティックな快適で清潔な部屋。レコーディングスタジオも兼ねているので生演奏がよく聞こえてくる。

「ブルキナファソ★3つ星★ずっこ家ミシュラン屋台メシ」(100CFA=18円)
セネガルとマリの料理では劇的な変化は無く、相変わらず美味しい。屋台が極ウマすぎて、わざわざレストランへ行く事が無かったほど。
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★「アボガドサンド」 アボガドディップとトマト&たまねぎのフランスパンサンドイッチ。肉入りやツナ入りもあり。フランス植民地はパン旨い。毎日の朝食に通ったよ。200CFA
★「シューポン」 丸ごとキャベツをクタクタに煮込んだトマトベースのスープ、ON THE ライス。or ON THE スパゲッティ。100CFAから目分量の量り売り。
★「名前忘れた」 飲むヨーグルトに、タピオカみたいな穀物系のツブツブが入ったデザート。小さなビニール袋入り100CFA。屋台で氷入り200CFA。
★「バラ」 葛湯のようなドロっとしたショウガ味の暖かい飲み物。夕方ごろにリアカー屋台で見かけた。100CFA。
★「アガディ」 バンフォラの屋台で一箇所した見かけなかったレアなブルキナ食。豆をすり潰して小さな容器で蒸し、トマトソースをかけたもの。オプションでマヨネーズ。
夕方5時ころ現れて1時間後には完売する人気屋台。薪で火を焼べ大鍋で蒸す過程も面白く。毎日通ったよ。
1つ25CFA。なのに、マヨネーズ50CFA。マヨネーズは嗜好品価格。c0158636_10143674.jpg

★番外編:右手で食べる文化だけど、スパゲティを手で食べるのは難しかったな~。(写真右:丸ごと煮込んだキャベツのスパゲティ。イタリア人に食べさせたいシロモノ。スプーン付の時もあり。

基本的に、この町のカフェやレストランは、庭付きオープンテラス。路上屋台。小さくて狭い室内の安食堂は無い。みんな外。
食事の傾向は「マリ」と殆ど変わらないけど、やはりここでもプロパンガスは殆ど無く、薪や炭火で食事を作っていた。
でもね、サバンナの木材資源には限りがあるよね。

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屋台朝食でお馴染みの激甘カフェオレが、カフェオレボールで出てきて、コーヒーはスプーンで飲むのが礼儀!(写真下)
コーヒーに、レモンと生姜を入れるという、斬新インスタントコーヒー(ネスカフェ)も!(商店では50CFA、屋台は100CFA)
小さなリアカーにポットを乗せて売り歩くアタイ(甘い紅茶)も、モロッコ同様で高い位置から入れて、お茶を泡立たせるけど、
この斬新インスタントコーヒーは、泡だて器でシャカシャ。泡命なコーヒー。
フランス植民地だったとは思えないほどの、異色コーヒー文化。
写真左:お馴染み激甘カフェオレの混ぜる前。白い部分は練乳。
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そして「ボボ」は、音楽に溢れている。c0158636_10424879.jpg
夜になればいたるところでライブ音楽がある町。特に週末は昼間からハシゴ。
昨夜は、アフリカの社会を題材にした躍動感溢れるダンスと劇、ジャンベ隊の野外ライブ。
鍛え抜かれた漆黒の筋肉隆々なダンサー達とジャンベ隊が、笑いも涙も汗も飛ばす。
此処に来て、アフリカで見たかった野生的でエネルギッシュな音楽に出会えた。素晴らしかった。
公演が終わった後も余韻でぼぉ~っ座っていたら、ラスタがやってきて、
今夜は、まだまだ別の場所でアフリカン音楽のライブがあるから一緒に行こうと誘ってきた。
「ヤ~マン!ラスタファライ!セラシエ!」と、アフリカはラスタの国だと叫んで、自転車に乗って去っていった。


昼間は、地元民御用達の「キャバレー」へ。(ヒッチハイクしたフランス人運転手が、音楽博物館長だった。彼女が地元の音楽だと、オススメしてくれた)
繁華街ではなく、おもいっきりローカルエリアの土壁と藁葺き屋根の家屋が集まる「ボロマコテ」にある。
村人に聞きまくっていたら、一人の青年が連れってくれた。細い路地を入って行く、一見さんでは入りずらそうな所だった。

「音楽がある酒場」を「キャバレー」とフランス語では呼ぶんだけど、何故かボボでは、誰かの家の土臭い庭先みたいな場所で、
もちろんそこには、鶏やヤギが放し飼いにされているんだけど。町や村でも放し飼いだけど。。。
アフリカン音楽のライブ生演奏、バラフォンやジャンベが鳴り続ける中、
訪れた客が「ドロ」と言う地酒(雑穀ビールと呼ばれているが、炭酸もなく温い、尿の様)を、
カラバシュ(ひょうたんみたいな丸い植物を半分に割った器)に、ナミナミタプタプに注いで飲み、
調子が良くなっちゃった人は、みんなが座っている低い工作木工椅子から立ち上がってライブ演奏者の前でユルユル踊る。
演奏者は4名、スタッフはおばちゃん一人。お客は入れ替わり立ち代りで10名くらい。
意外にも、お客はおばちゃん達がよく飲んでいた。

これが地元民のための「キャバレー」(ライブは週末のみらしい)
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薪を焼べて、その上では羊や犬のBBQ。(道端ではウサギや鳩のBBQも見かけた)
土臭い庭先に置かれた大きなドラム缶と巨大な陶器の壷には、地酒の「ドロ」がた~ぷりと入っている。
おばちゃんが一升瓶に分けている。1瓶300CFA~(地元民は、もう少し安いかもしれない)
入場料など無いが、演奏者に心付けでこのドロを渡した。演奏者は、礼儀正しくお礼の握手をしに我が家の椅子まで来た。
アルコール度数は低いが量を飲むので、演奏者はすでにベロベロだったが、ここはさすがプロ!?
酒が入ったら、急に演奏にキレとグルーヴ感が増した。
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アフリカン音楽が聞こえてきたので音のする方へ、田舎の家屋の細い道を歩いていったら、
出産祝いの祭り。またかいな~。と言っても1000人に対して80人の赤ちゃんが亡くなってしまうという、厳しい生活環境。大切な命の誕生を村人みんなで祝う。
写真上:みんなキメキメ!髪型が斬新すぎる!

そういえば、フランス人プロテスタント教会のサポートする孤児院で、ヨガした。
初めは孤児院に住む子供達、その後、地元の黒人おばちゃん達と、フランス語とサンスクリット語でヨガ。
シャバアサナが、みんなアフリカンサイズで、自由だ。
ヨガマットなんて無いから、イスラム教のお祈りマットだった。
キリスト教の経営する施設で、イスラム教の祈りマットで、ヒンドゥー教のヨガ。


音楽もヨガも、人種など関係なく、国境を越えるツール。

またいつか訪れたい地。
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by laidbacktrip | 2011-05-21 10:00 | ブルキナファソ | Comments(1)

「西アフリカ、お気に入りの国。ブルキナファソ!」

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観光立国「マリ」から「ブルキナファソ」へ来ると、西アフリカ癒し系代表国にいよいよ来たんだと、目尻が緩むよ。
特に見所がないところが、地元民の生活を浮き彫りにさせて、ファンキーで穏和な人々がその生活観に手招きしてくれたり、時にはほっといてくれたり。
居心地が良いユッタリで素朴なアフリカンリズム。元フランス植民地。まだまだフランス語圏。セラビ~。
そして、日焼けしすぎの黄色人種の我が家を、白人だと思っているらしく「ラ ブラン!」と声をかけてくる。
「アフリカ リスペクト!」と言って、絡むような握手をしてくる人もいる。
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ブルキナファソ最初の町「ワヒグヤ」
旦那が宿を探してウロウロしていたら、通りかかった地元民が原付バイクの後ろに乗せてくれて目的の宿まで連れて行ってくれた。
物価が安くなり、移動が快適になり、人々がピースフルで陽気になり、旅人にとっては素晴らしく過ごしやすくなった。
と、言っても最高気温42度。。。まだまだ灼熱。。。まだまだサバンナ。

イスラム教50%、キリスト教10%、土着的民間信仰40%の、ブルキナファソ。
アフリカ大陸最初の国「モロッコ」から南下するにつれ、どんどんイスラム教徒が減り、その代わりキリスト教徒が増えていく。
公の場で女性と男性が、堂々とアルコールを飲んでいる姿に、イスラム圏から旅してきた我が家はイチイチ興奮してしまう。
BARやカウンターカフェに立つのは、首から十字架のネックレスをしている人達。
聖母被昇天やキリスト誕生の柄の布で、オーダーメイドした服やドレスを着ている人が多い。恰幅の良い体系を生かしたドレスは、まさにブラックビューティー!
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女性はチリチリの地毛を少し伸ばして、そこへエクステ(フェイクの髪の毛)を編み込んだり、時には編んだ髪の毛を土台にしてストレートヘアーのエクステを縫い込んだりと、
すごく手が込んでいて複雑極まる髪型の人もいる。この暑さの中、カツラをかぶっているようなもんだ。国全体が、髪型大図鑑だよ。
髪の毛を少量づつ束にして、針金みたいなものを巻きつけている、宇宙への交信ピコピコヘアーの人もいる。
「あ~髪伸ばしとけば、やりたかったな~」と、旦那。


宿(ワヒグヤ):[AUBERGE POPULAIRE] マリからの国境越えバス停前。宿の前に「FLAG」ビールの看板があるBAR兼安宿。ツイン:5000CFA。
トイレ共同、久しぶりに便座に座った。座れるレベルの便座が付いているトイレは、西アフリカのいままでの旅路の安宿では皆無。
久しぶりの部屋。壁がある。屋根がある。なんなら窓もある。
ようやく、砂埃から解放されて安心して眠れる。 



「ワヒグヤ」~「ワガドゥグ」 70名乗り大型バス。快適なシート幅。バス出発時刻がきちんと決まっている。そして定刻どおり。
2500CFA(荷物代込み)ちゃんと印刷されたチケットも発行される。
荷物も行き先を記載したテープを貼り、車体の下の荷物入れに入れてくれる。(バスの天上では無い)
180kmを2時間。適度な速度に感動。

そんな、2時間のバス車内の音楽は、適度な音量で抜け感のある気持ちの良いR&Bやレゲエ。下品な爆音ではないのが最重要ポイント。
ローカルバスの旅の楽しみの一つは、音楽。お国柄が出て面白い。
ブルキナファソの人々の生活に染み込んだ音楽は、レゲエなんだな~。
黒人スピリット、日常のレゲエ。



首都「ワガドゥグ」
激ユル首都。センターのマーケットを中心としたボロい乗り合いタクシーが走っている。
人口も多くない、首都とは思えないレベルでみんなのんびり過ごしている。東南アジアのラオスの様に、何故かビールが似合う内陸地。
会って早々、「金くれ~!」とか「飯奢ってくれ~!」「なんかくれ~!」とか駄目モトで言ってくる人も相変わらずいるけど、
西アフリカの挨拶スタイルなんだと。。。慣れたよ。。。

我が家は関西人じゃないが、金せびってくるヤツには、ツイツイ「なんでやねん!」って日本語で突っ込んでしまう。
しかし、これが効き目があるらしく、去っていく。

。。。その後、ブルキナファソ有名ギターリストのライブでは、ステージ上から、
「金くれ~!」「飯奢ってくれ~!」「そうじゃなければ、俺の写真を撮るな~!」と、ミュージシャンが叫び、このネタに地元民観客は大爆笑していた。


宿(ワガドゥグ):「PAVILLON VERT」 共同スペースの庭園、wifiあり、レストランありな西洋人好みの清潔な宿。共同トイレ、シャワーのダブル:8900CFA(初日のみ+1000CFA)
シーズンオフの酷暑時期に旅する西洋人旅人との出会い。
トーゴやベナンを抜けてきた中国人(北京出身)旅人や、ガイドブックライタースイス人など、個性派が揃っていた。
毎日、昼も夜も停電する。扇風機が止まり、部屋はサウナ化。。。暑くて寝れるわけ無い。
この忍耐力が、旅人同士の共通の笑顔を生む。


町で歩いていると「サヴァ~」と声かけられるリズムも、どこかしら「ヤ~マン」な、首都とは思えないほど時が止まったユルさ加減。
ネパールをあっさりと越えたユルユル先進国第1位。世界で最も貧しい国の一つ。
雨季前の乾季は、砂埃と排気ガスでごちゃごちゃした町だが、アジアの様なカオティックなクラクションやざわめいた音はしない。
人々も喧しくない、しつこくない。暑すぎるからか至ってシンプルな回路。
マサラやアラブの一部の人達の様に、自分の非を認めない空気の読めない人達なのかと、どこかでアフリカ人を誤解していた。
どうして、黒人に対してこんなにも大きな誤解を持っていたんだろう?
今では、彼らの表情を見ると癒される自分がいる。(あくまでもブルキナファソの話)
可愛いんだよ性格や表情が。ラテンなアフリカン。
ブルキナファソは、そんな気持ちにさせてくれる素敵な国。

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ブルキナベー(ブルキナファソ人)に、モレ語(ワガドゥグ近辺の現地語)を教わった。
まず、
太陽:「ムントー」、空:「サガ」、月:「キュグ」、地:「テンガ」

モレ語を教えて欲しいと言ったら、
まず始めに、「天、地、空、月」を教えてくる。

あ~~この感覚、素晴らしくアフリカ。
あ~アフリカ。
見てるところが大きいよ。
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by laidbacktrip | 2011-05-18 04:57 | Comments(0)

嫁の絵

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African sunset @ Segou in Mali

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Life is time in Sahara Mauritania

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The shot end of the day long shadow in Sahara Mauritania

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The balance of sweet fruit @Bobo in Burkinafaso


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Ripple on the planet@Lake Banfora in Burkinafaso
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by laidbacktrip | 2011-05-01 03:18 | 現在地 | Comments(0)