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「世界遺産ドゴン村トレッキング」~「ブルキナファソ」へ。

今、ブルキナファソのボボという町で、カナダ人の家にホームステイ中。
明日からネット環境のない村へ。此処で1ヶ月過ごした「マリ」の日記をUPしたいと思います。
お時間許される方、お付き合いくださいませ。
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「世界遺産ドゴン村トレッキング」~「ブルキナファソ」へ。

「ジェンネ」~乗り合いミニバス3H(2500CFA、荷物500)~「セバレー」~乗り合いミニバス3H(2000CFA、荷物500)~「バンカス」

ドゴン村トレッキングの起点でもあり、ブルキナファソへのルートにもなる「バンカス」へ。赤土と砂埃、交通の要所な町。
「セバレー」からのバスは、「バンディアガラ」を通り、世界遺産バンディアガラの断崖を越え、ドゴン村内の「ジギボンボ」や「カニコンボレ」も通過した。
こんなショートカットの道にバスが通っているとは知らなかったよ。
ただの移動のつもりだったが、途中「ジギボンボ」や「カニコンボレ」、ドゴン村の様子がバス車内から見れ、バンディアガラの断崖からのアフリカらしい地平線の絶景に興奮した。
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マリ観光のハイライト「ドゴン村トレッキング」
起点となる「バンカス」にバスが到着。やぱりガイドの客引きが来る。こんなに暑い時期なのに。あ~世界遺産。観光立国マリ。
1日中バス移動で疲れているところへ、必要としない客引きの営業スマイル。スキあらば外貨一攫千金客引き集団。
宿へ行くにも、歩いてついてくる者、バイクで先回りする者。一発逆転ホームランを虎視眈々と狙っている客引き集の緊迫感が、この穏やかな町と反比例していてリラックス出来ない。
しかたなく一人の客引き(自称、宿のコック)と安宿へ行くが、前情報どおりの部屋代でコミッションは取られなかった。
最初は異常なまでに親切なスタッフ兼ガイドだかいたが、我が家がガイド無しでドゴン村へ行って帰ってきてからは、全く親切もなく笑顔もなかった。
わかりやすいほど現金な人達。これが、観光ズレしてしまったマリ人達かと。
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バンカス安宿:「CAMPEMENT HOGON」ツイン6000CFA。野外屋根なし&ドアも無しのトイレ、シャワー。開放的すぎるので嫁が入っている時は旦那は門番。
ここも、前衛的便所。土壁の土間にいきなり洋式便器が置いてある。しかしボットン便所。蓋も便座も無し、「アヴァンギャルドアートトイレ」と呼んでいた。
部屋の天上は、曲がった木材と土で出来ていて、お世辞にも綺麗なロッジ風と言えなく、今夜はここで寝るのか?とウンザリな清潔度レベルだったが、日中の強すぎる日差しで部屋の温度が夜でも下がらず暑すぎて寝れず、結局ここでも屋上で蚊帳テントで寝た。屋外の方が、まだ涼しく快適で過ごしやすかった。
明け方は冷え込む、砂埃で鼻や喉の奥がジャリジャリカサカサした。
蚊帳越しの満天の星空が美しかった。
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世界遺産ドゴン村トレッキングへ。
ここの地へは、ガイド必須の空気が流れているので、ガイドの客引きが絶えなかったが、
「ガイドとは、現地で待ち合わせをしている」「名前はオスマン」「セバレー出身」と在り来たりなハッタリをかましかわし、ガイド無しでドゴン村へ。
ちょうど「カニコンボレ」でマーケットがあり、朝8時にバスが出るとの話だった。(マーケット以外の日はバスはなかなか無いらしい)
当日行ってみたら10時発と言う。ん~もうすでに暑い。日陰で気長に待ってみようと、腰を下ろしていると、家から椅子を持ち出してき座りなさいと勧めてくれる。
マリの人達は基本的には優しい人達。観光業に関わってしまった人達だけが、スレてしまっている、これもある意味マリの人を変えてしまったドゴントラップ。
子供が運転する2匹のロバに荷台をつけたロバ車(?)が、ポッコポッコやってきたので、乗せてもらう事に。
「バンカス」から「カニコンボレ」まで12kmの距離を2時間かけて、ロバ車。
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きっと昔は、村の首長さんに入村許可を頂くべく、挨拶としてコーラナッツを贈呈していたのだろうが、いつの間にかむにゃむにゃになり、村人全員にコーラナッツや飴、ペンを配る旅人が出てきて、今では入村料各村1000CFA、コーラナッツはもらえて当然というドゴンブランドが成立してしまったのだろう。
道ですれ違う村人は、「コーラ?」と当然のように要求してくる。

「みんなが、コーラナッツを欲しがっているでしょ?だから僕らはもう手元から無くなってしまったよ」と言うと、「そうか、そうだよね」と苦笑いになる村人達。
村には、物乞いの子供はいなかった。(物乞いが集まるような露店メシやレストランが無かったからかもしれないが)
それよりも子供達は、「サッカーボールを買って!」と強請って来た。
サッカーボールって!?じゃあ、衣食住は足りてんだな~。
たしかにドゴンの子供達は、靴も履いていたし、服も綺麗だった。夜になると懐中電気が村に灯っていた。
いろんな国が支援していて、村ごとに支援国の言葉を学校で学んでいるらしい。「テレ」村にも日本人が建設した学校があった。
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その村の「レストラン バオバブ」で宿泊した。1人1泊1000CFA。
ここも暑くて部屋では寝れず、屋上で蚊帳テント。野外トイレ、野外シャワー。オーナーはキリスト教徒。
小さな集落に、キリスト教、イスラム教、アミニズムが共存している。
井戸の水を汲んで、シャワーの上のタンクへ入れて浴びる。大きな陶器の瓶に溜めてある冷たい水を汲んで、歯磨きや顔を洗う。
宿の前に大きなバオバブの木。
目前は、バンディアガラ断崖の中腹に残された、ドゴン民族より前の先住民テレムの住居が一望できる。
先住民の彼らは、ブルキナファソへ移住したらしい。
後ろは、アフリカの大地、地平線。下を見れば村人の生活が見れるという屋上。
静かな村、子供のはしゃぐ声、満点の星空、朝焼け、井戸へ水を汲みに行く女性達。
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我が家は、「カニコンボレ」「テリ」「エンゲ」の3つの村を訪ねた。
結局「カニコンボレ」だけ入村料の請求があった。他の村は請求されなかった。
各村人が集うマーケット。大きな木の下の木陰にほとんどが女性ばかり、小さな岩にちょこんと座り、手料理の食べ物などをボールに1品入れて売っている小さな商売。
地元のフリーマーケットの様な、ほっこりマーケット。ドゴン村のイスラムとキリストとアミニズムが共存した建築物も興味深いが、マーケットに集う素顔のドゴンの人々との触れ合いが楽しかった。みんな素朴で陽気なかあちゃん達。藍染の布を腰巻スカートにしていてる姿が浴衣に見えて、それが日本の夏祭りを髣髴させた。泥染めの布はお土産様に飾られていた。
ここでもアタイ(甘い紅茶)は三杯で客人を持て成してくれた。
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食べ物を買う時は、必ず味見をさせてくれる。これはマリには無かったドゴン村スタイルだった。
ドゴン村の食べ物は「トゥ」と「クレープ」どちらも、ヒエの様な穀物から出来ている昭和初期テイスト。
ドゴンの言葉「アガポー(こんにちは)」「セー(元気?)」「ガジュベリ(ありがとう)」など片言だが、現地の言葉は人との距離を急速に近づける。これはどこの国でも一緒だけどね。

マリもセネガルも挨拶時に、「お父さんは元気か?」「うん」「お母さんが元気か?」「うん」「おじいさんは元気か?」「うん」「おばあさんは元気か?」「うん」「兄弟は元気か?」「うん」「子供は元気か?」「うん」と、一通りなが~い挨拶でコミュニケーションを交わすが、ドゴンの村人も例に漏れず、なが~い挨拶を交わしてた。
長すぎて、目なんて合わせてない。。。義務的やん?

我が家も、このなが~い挨拶のリズムだけを覚えて真似していたら、ドゴンのおばちゃんに一緒に働きに行こう(臼と杵をつきに)誘われた。
おじいちゃんは、目を見てフランス語でこのなが~い挨拶を真剣にしてきた。
最後に「子供は元気か?」と聞かれ、我が家は「いない」と答えたら、おじいちゃんは大爆笑。
我が家も大爆笑してみたけれど、何でそこで笑うのかわからん顔してたら、
隣に座っていた青年が、「あれは、ドゴンのオヤジギャグだよ。」って。えっ??
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しかし、トレッキングなんて出来る気温じゃない。日中40度越え。朝早く歩いたって、すぐに太陽昇ったら暑い暑い。
暑さに弱い嫁が、また熱を出した。暑さに弱いくせに、この時期のマリを旅してるって、ショボイな。
「エンゲ」まで行き、「バンカス」行きの公共機関ロバ車を探すもののチャーターのみ。しかも、道は砂漠の砂地。12kmの距離を炎天下の中、3時間はかかるだろうな~。
たまたま通りかかったバイクの後ろに嫁だけのせてもらう事に。(3人乗りバイクは違法らしい。実際3人乗って砂地をドライブは不可だろう)
旦那は来た道を歩いて戻り、「カニコンボレ」で嫁と合流。ドゴンガイドたちのタムロする木陰で休ませてもらった。
「カニコンボレ」~「バンカス」行きは、12kmを2時間かけてロバ車だったが、帰りは車で10分で帰りたい。が、車なんて通らない。1日1便のバスは午後だろうか。。。
どれくらい待っただろうか?そこへ一台の4WDトラックが通りかった。ヒッチハイクで親指どころか、手を上げまくって止まってもらった。
そしたら、すかさずドゴンガイド連中がトラックへ駆け寄り、我が家のヒッチハイクコミッションを取ろうと値段交渉しに行った。やれやれ。。。これがドゴンだよ。観光立国だよ。
「1人、1000CFAで2人で2000CFA」「たった12kmの距離を2000CFA?高い」旦那がトラックのドライバーに直接フランス語で交渉し、半額で荷台確保で「バンカス」へ。
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最近旅をしてて思うが、バックパッカー旅人から、客引きがどうにか騙して小銭を稼ごうとする風習は、インドやネパール、東南アジア、モロッコでも減少化しているのに対して、
マリのドゴンは、現役バリバリ客引き兼何でもガイドがたくさんいる。旅人を遠くから温かい目でほかっといてくれない。じゃんじゃんワサワサ近づいてくる。
世界中で、こうした客引きとの知恵比べ合戦が楽しめるのは、もうマリだけなのかも知れないから、楽しんでしまえ!
と、思ったけれど。。。

最後のマリ移動。「バンカス」~「コロ」 今日は、ちょうど「コロ」でマーケットが開催される土曜日なので、バスの便数が多い。
ドゴンエリアは、マーケット開催地で人やバスが動くので、この流れに乗っかるのが、最も旅しやすい。が、客引きの合間を縫っての情報収集は難しい。

宿から一歩出たら、どこから情報収集したんかしらんが、「コロ」に行くんだろ?と。。。客引き早速朝7時から現れる。
振り切りたかったが、ず~っと「モナミ!仏語=友達)」と言って、少し先をリードするかのように歩いている。「いらん」言っても当り前の様に付いてくる。
マリ定番の朝ごはん、オムレツサンドイッチと激甘カフェオレしている最中、とうとうバスのモギリと一緒に来て、「俺の客がコロまで行くからよろしく!」と。。。

こちらの怪訝な表情も読まず。。。屈託の無い笑顔で、全く間違ったことしてません的な表情してくるけれど。。。天然おじさんなのか?気がつかないのか?職業病か?
こんな事もあろうかと、我が家はこういう国の移動の際は、必ず宿の人か害のなさそうな人に、バスチケットの相場を聞いておくのが、習慣となっている。(食事の際も)
1人荷物代込みで1500CFAが前情報。たしかに1時間のバス走行距離からしたらそんなもんかと。内訳、荷物代が500だな~と。

な~の~に~、客引き率いるモギリは、「荷物代込みで一人2500CFA。」
「後2席だから今すぐ出発できるぞ」(これはアフリカタイムでは最重要)
この計算だと客引きに1000CFAか~。
乗っけてくるじゃ~ん!オヤジ!
「ノン メルシ~。高いから、そのバスには乗らない。」
「じゃあ!2人で荷物代込みで3500CFAで、どうだ?」
「どうだ?って何が?」
「僕らは、2人で3000CFAなら乗るよ。だってバンカスまでコロから来たんだから、チケットの値段知ってるもん。(嘘」
モギリは、客引きの顔を見て、「あきらめな」という表情と顎で下がれと指図していた。

現地の彼らのやり取りを見ていると、この荷物の大きさの代金は、「500だぞ!」とか200だとか100単位で、すごい剣幕で交渉している人もいる正規値段の無い社会。
これはこれで、現金収入の難しいマリの田舎で、何とか社会のバランスを保つために必要な社会なのかもしれないが。。。

最後に我が家がバスに乗り込んでからも、「降りる際にはバス代を請求するからな!」とまだ吐き捨てるように叫んでいた客引き。。。
99%良い人達の印象のマリだが、最後に滞在した村の客引きの後味が悪く、こういう人間が育ってしまう観光業の背景が残念でしかなたい。

そして肉弾に埋もれるギュウ~ギュウ~詰め込み23名のミニバス。窓からの風は砂埃と熱風。
「コロ」からは、いよいよ本格的な西アフリカ内陸部「ブルキナファソ」への国境越え。コロからのバスも乗り合いのため2時間以上待ち。。。
ここでもミニバスはギュウ~ギュウ~詰め込み、汗だく。。。隣の青年のワキガがアフリカンサイズで気絶した。。。
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「マリ」も「ブルキナファソ」の役人も、ゆるくて良い人達。全く国境越えの緊張感なんて無く、
ただただサバンナの暑さと体臭との戦い、お役人仕事の荷物検査風も終え、ブルキナファソ最初の町「ワヒグヤ」に、なんだかんだ時間がかかり夕方4時到着。
イミグレのスタンプ待ち時間に、ブルキナべ(ブルキナ人)が、モレ語を教えてくれた。
ブルキナ人は、マリ人すらも絶賛するほど良い国の良い人達と聞いていたが、本当にそう思う。
観光立国マリが終わって、客引きたちとのやり取りが無くなり、ホ~~ッと気が抜けた自分達がいる。
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「ワヒグヤ」 
首都「ワガドゥグ」へ抜けるため1泊。バスターミナル前の「AUBERGE DE POPULAIRE」ツイン5000CFA。シャワー、洗面台付。トイレ共同。一階ビアガーデン。
久しぶりに部屋で寝た。久しぶりに便座に座った。久しぶりに冷たいビールを飲んだ。イスラム教徒が半数を占めるブルキナファソだがBARが表立ってある。
首都まで180KMの距離だからか、マリの田舎から来たら若干近代的に見えた。女性達が髪型やファッションがよりファンキーになった。
もう適度な挨拶意外に、誰も声をかけてこなくなった。観光立国ではない、人との距離感が居心地が良く、人当たりが優しく、陽気さとレゲエ色が加わった。
世界有数のユルユル先進国ブルキナファソ。
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2011年4月5日~
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by laidbacktrip | 2011-04-17 00:59 | マリ | Comments(0)

「セグー」~世界遺産の泥モスク「ジェンネ」

今、ブルキナファソのボボという町でカナダ人の家にホームステイさせてもらってます。
ネット環境があるので、此処で今までの日記をUPしたいと思います。
お時間ある方、お付き合いくださいませ。
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「セグー」~世界遺産の泥モスク「ジェンネ」

「セグー」~4.5h(SOMATRA:5500CFA、荷物代込み)~「ジェンネカールフール」~0.5h(2000CFA、荷物代込み)~「ジェンネ」

「ジェンネ」の月曜マーケットに向けて、日曜10時セグー発のダイレクトバスがあると仲良くなったマリ人が教えてくれたが、あえて我が家は乗り換えのバス。
なぜなら、セネガルからマリへ移動したときのミニバスの過酷さがトラウマで、このダイレクトバスもミニバスと聞いて乗らなかった。
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「セグー」行き朝8時半発のバスまで、時間があったのでバスターミナルの脇の屋台で朝食。マリ定番の朝食オムレツサンドイッチと激甘カフェオレ。
屋台の木のベンチに腰掛けて食べていると、背後に物乞いの子供がワンサカ。彼らはボロを纏い共通のプラスティックの容器に紐を通し肩から下げている。
特に声もかけてこないし、服をひっぱったり、手を出したりもしないで、こちらがアクション起こすまでじ~っと待っている。
一人のおじさんがどこかから買ってきた肉を隣で食べていた。東南アジア同様、持ち込み自由な屋台。
おじさんは食べ残しと言うか、骨だけが残った皿を物乞いの子供に渡した。
物乞い達は、奪い合うことなくお兄さん的存在の子が数人に分け与えていた。
のんびりした雰囲気のセグーだからだろうか?
この先の「ジェンネ」では、我が家も屋台で食べ残した際、背後の物乞いの子供に皿を渡したら、周りの子供達が一斉に手づかみで奪い合っていた。
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乗り換えの「ジェンネカールフール」:な~んにも無い。マリの首都バマコと第2の首都モプティを結ぶ幹線道路沿いの乾いた地の交差点。もちろん信号も無い。
「ジェンネ」までの乗り合いバス待ちの間、物売りの家族達の小屋で、日差し避けに休ませてもらいながら、物売りたちの裏方を見て過ごす。
昼の2時。。。日差し避けの軒も小枝を重ねた屋根なので、隙間から強い日差しが照ってくる。ん~暑い。
バスが停車すると、物売の子供も大人もマンゴや水、手作りジンジャージュースが入った容器を頭に乗せて、バスへ走って行き、大きな声で売っている。
売れたのかわからないけど、またこの日差し避けの屋根の下へ戻ってくる。これを繰り返している。貴重な現金収入なのだろう。
2時間が経過した。ようやく乗り合いバスのメンバーが揃ったらしく出発。
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乗り合いミニバスにぎゅ~~ぎゅ~~に人が乗り込み出発。
ハイエースの中のシートを全部取っ払って、コの字型にベンチを車体の壁にくっつけただけの車内。
漆黒の肌に黒真珠の玉が光る。←地元民も汗だくって事。
ジェンネの手前の川では、鉄の筏にバスごと乗ってクルージング。
そして対岸を少し走ったら、ニジェール渓谷の宝石と称えられる「ジェンネ」まで未舗装の砂の道。
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「世界遺産ジェンネの泥モスク」の前にバス到着。
このバスが「ジェンネ」に到着する直前に2人組の男が乗ってきた。我が家を見た瞬間に乗り込んだ様子だったので、こりゃ客引きだな、と。
旦那も嫁もお互い口には出さなかったけれども確認済みだった。
バスが止まるや否や、他の客引きに取られないように我が家をマークし、バックパックもまだバスから下ろしてないのに会話というか一方的に相手の要求スタート。

マリは観光立国。客引きの性質が悪く、観光地は人がスレている、との前情報。
「ジェンネ」から先は、ガイドを雇わないと客引きが付きまとって身動き取れなくなるとフランス人から教えてもらっていた。
ここへ来るまでは、マリ人は純朴で良い人ばかりだったので、この人達がウザくなるのか?と半信半疑だった。
が。。。いよいよ来たなぁ~本気モードの客引き。
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自らボスと名乗る彼は、アフリカスタイルの家にホームステイで泊まらないか?と。御飯もアフリカスタイルだよ。と、1泊一人2500CFA(飯無し)
そしてもう一人の男が、この先の西アフリカ最大の客引きトラップ、世界遺産ドゴントレッキングのガイドだと。
このドゴントレッキングガイドの鬱陶しさは、世界中のガイドブックに掲載されているマリ観光立国のハイライトでもありハイトラップ。
自らをボスと呼ぶ彼のお宅にホームステイしたら、そのままオートマチックに世界遺産ドゴントレッキングガイド付きのディープトラップだろう。
それでも良いと思っていた我が家、しかし彼の雰囲気が穏やかでは無い。むしろ関わりたくない黒人悪役的な感じだったので、
「誘ってくれて有難いが、僕らはバマコで1週間もアフリカスタイルの家でホームステイしてきたから、ここではホテルに泊まりたいんだ。」
「そうか。それもそうだな。」
おお~!なんて聞き分けが良いんだ!意気揚々と乗り込んできたわりには引きが早い。暑さのせいか?
マリの客引きは、騙したり嘘をついたりせず、ちゃんと客の話を聞きコミュニケーションが取れる。
アラブやマサラと違ってアッサリしたもんだ。
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ジェンネ宿:「HOTEL KITA KOUROU」 ダブル6000CFA。こじんまりした民泊の様な安宿。蚊帳つきの低いベッド。トイレ、シャワー共同。
テクニックを要するトイレ。土に穴が開いただけのトイレ。
しかも、鍵が閉まらないから集中力が欠ける。「テクニカルトイレ」と呼んでいた。
臭いトイレの匂いは、シャワー室にも放っている。うんざりする田舎らしい香り。
しかし、砂埃と汗が洗い流せるだけで幸せになれる地だったので、呼吸を止めれば即ニルヴァーナ。
宿の主人も家族もお手伝いの子も可愛らしい人達。レストランもあるけど、1食2500CFA~だったので、極上露店メシでサラダとスパゲティ。
1年で一番暑い時期の4月。灼熱のマリの夜、熱気は部屋にこもりぱなし、暑くて夜中に何度も眼が覚める。。。結局外で寝る。
ここから1週間、マリ最後の最後まで、屋外蚊帳テント生活だった。
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肝心の「世界遺産、泥モスク」
遠くから見るとダンボールで出来ているように見える、冗談かと思うような泥で出来た立派なモスク。動き出しそうな曲線の建築物。
ちょうど1年1度の泥の塗り替え時で、危なげな足場を組んで数人の男が泥を塗っている最終パート段階だったので、他の部分は塗り替え直後で綺麗だった。
その下にドネーションボックスみたいな物が置かれていた。
非イスラム教徒は、入場できないらしいが、金を払えば中に入らせてもらえるらしく、そんな客引きガイドに数人に声をかけられたがお断りした。
朝早く、モスクの周りで子供達がコーランを木の板に書いて勉強していたり、大人たちも聖者らしき人から説法を熱心に受けている様子が見られた。
このジェンネの村全部が、泥建築。道は砂。
近代的要素ゼロのエコロジーなオーガニックライフ村の道をあるけば、子供達が泥と垢だらけの手で握手を求めてくる。
目をキラキラ輝かせて、ニカっと笑う口元の前歯は虫歯だらけ。
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月曜マーケット。何もない乾いた砂地の広場と道に、各地から村人達が大集結。砂地に穴を掘り柱になる木をさして仮設テントを建て、品ごとに集まり、生活用品や食料品、米、キビ、魚の干物、マンゴ、ジュース、ゴミのような魚の骨、中古服、新品服、サンダル、鍵、なんかのパーツ。売れているのか交易できているのかわからないが、インターネットやTVなど無い地では、こうしたマーケットでの人々との交流が村間の貴重な情報交換の場だったりしているんだろう。
普段静かな村に、突如大型トラックと人々集まりマーケットが開かれ、去っていく、設営から撤去までの夏祭りの様な流れも面白かった。
手作り感たっぷりの静かに佇む世界遺産泥モスクの前のごった返した人々とカラフルなマーケット。
この絵本の様な景色が面白くて、ちょうど日陰を見つけて腰掛けていたら、隣の出店のお兄ちゃんがお茶を出してくれた。
マリでもアタイ(甘い紅茶)は、三杯で客人を持て成す際の礼儀らしい。
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2011年4月1日~
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by laidbacktrip | 2011-04-17 00:53 | マリ | Comments(0)

「バマコ」~「セグー」

今、カナダ人のカップルの家にホームステイさせてもらっています。
ネット環境があるので、此処で今までの日記をUPしたいと思います。
お時間ある方、おつきあいくださいませ。
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「バマコ」~「セグー」

すごい楽しみにしてた「セグー」 のんびりしたニジェール河沿いの小さなゆる~い町。
4月は、一年で最も暑い時期。日中の気温は40度越えている。
この時期は、マンゴのシーズン到来!これでアツイ大陸渡れると言い聞かせて1日4個以上食べている。(路上マーケット:7個で200CFA(36円。


「バマコ」~「セグー」 5時間。3500CFA(荷物代無し) 毎時間あり。
バマコのバスターミナルは、各種バス会社の客引きでわっしょい胴上げ状態。。。でも意外と純朴で聞きわけが良かった。
大型バスの後方ドアの後ろ席を確保、ここは乗降のたびに風が入り涼しいし快適。
途中停車の村では、売り子達がこのドアの所へ来ていろいろ売ってくるのが見れて楽しい。マリのバス移動いいじゃん。
(DIANAバス会社。セグーでは中心から離れた所にバスターミナルあり。セグー中心から歩ける場所にバスターミナルを持つバス会社は、「BITTAR」もしくは「SOMATRA」)
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我が家が日本人(アジア人)だと察した物乞いの子供(10歳くらい)が、窓越しに空手の真似をして合掌してきた。
陽気でユーモア溢れる物乞いの子供。
「おまえたち、バスから降りてきて金をくれ!」とジェスチャーでアピールしてきた。
ドアのところで歌も歌ってきた。その後、またお金をくれ!と笑いながら投げキッスしたりジェスチャーしてきた。全く卑屈な様子など無い物乞いの子供達。
何度かジェスチャーでやり取りしているうちに、
嫁が、バスの中から簡単な手品をを物乞いたちに見せ、金をくれ!とジェスチャーして見せた。
彼らに、この冗談が通じ、大爆笑して嬉しそうだった。
バスの中も外もアフリカ人と一緒に爆笑。みんな大きな口で二カッと笑いリアクションがデカイ。
大人も子供もどんどん集まってきて、「手品をもう一回見せてくれ」!とか「俺はまだ見てない」とか、これも全部ジェスチャー。
気がつけば手品、4公演。
バスのモギリも、「この手品するアジア人、俺の客だぜ!」と言わんばかりに握手してきた。
あっという間に5時間「セグー」に到着。(町の中心地まで、タクシーで10分一人500CFA)
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ゆる~い町を楽しみにしてきたのに、安宿が無い。。。ホテル(宿名:Le Soleil de Mimuitの屋上の蚊帳付マットレスで1人4000CFA。ダブルで12000CFA。
夜風が涼しくて外で寝るのは気持ちいいけど、昼の事を考えたら。。。この先のジェンネの月曜マーケットまで4日間あるので、ゆっくり部屋で滞在したいので、別の場所を探す。
宿も決まらずバックパック背負ったまま、まだ昼間だしゆっくり探そうということで昼ごはん。「リ ソース クレール(トマトソースかけ御飯)」
嫁は、荷物の見張り番という口実で休憩。旦那は、身軽に宿探し。
レストランの人に紹介してもらった民泊。「CNAR」たぶん保険会社の社員寮か?
ダブルベッド。7500CFA.共同トイレ、シャワー。しっかりした机と椅子。ファンそしてクーラー!!
この旅、初めてのクーラー!文明の利器ニルヴァーナー!


2,3日も滞在すれば町の人に顔を覚えられる小さな通り。穏やかな町。
そこへ友人(世界のやまちゃん)が、「日本人のカップル」見なかったか?と我が家を探し回ってくれたようで、(我が家は携帯電話無し)
「おおお~!やまちゃんに会えたか?」と通りで声かけられる。今、この町では日本人は我が家とやまちゃんだけしかいないらしい。
バイク3台で町中を駆け回り探してくれたようで、見事再会した暁には、協力してくれたマリ人みんな笑顔で発見を喜んでいる!
無邪気な人達だよ。
でも、ほかって置いてくれない人懐こさ。ちょっとどこかに腰掛けるとすぐに誰かが声をかけてくる。
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昼間、旦那が一人でちょっと裏通りを歩いていたら、道の角でガンジャ売り2人がやって来た。
「ハシシを買ってくれ」
「僕は吸わないから、いらない」
「そうか、でも。。。俺は金が必要なんだ」
「僕は買わないよ」
「じゃあ。。。」
と言って男は少し離れて財布を取り出し、その中の金を全部出した。
所持金を見せて、金が無いとでもアピールしてくるのかと思ったら、
「俺のこの財布を買わないか?」
さっきまで使っていた財布を売ってきた。
「僕、財布持ってるからいらない」
「そうか、この財布はカードも入るぞ」
と言って、ガンジャ売りは最終的に、身につけているもの何でも良いから買ってくれと、中古用品店になっていた。
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ある日、旦那が一人で町を歩いていたら、バイクが横に来た。
バイクに乗っている男が、いきなり第一声に、
「おまえ、金持ってるだろ?」と。
旦那は、両手を上に上げて、
「どこが?そんな風に見える?」と言ったら、バイク男は笑って去っていった。
この後、ブルキナファソでも旦那一人の時には、金をくれ!とか飯を奢ってくれとか、地元民によく話しかけられた。
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ある日、露店で「アチェケ」を食べていると、前に座っている青年達と何気ない会話が片言の英語で始まった。
彼らは、コートジボワール人だった。
西アフリアの中では、異質なまでに経済発展を遂げ近代的なビル、西アフリカのNYと称される大都会のコートジボワール。
現在、内戦が続き、町中では普通にライフルを持った人が徘徊し、人が殺しあっていると言う。
彼らは、そんな国の亡命者。明るく会話するものの、命辛々母国を脱出し隣国のマリへ身を寄せている。


ニジェール河に沈む大きな太陽オレンジ色に輝く夕陽がとても美しい。
投げ網漁する小さな手漕ぎ船がゆ~っくりと水面を進む、川岸で泳ぐ子供達、お風呂代わりに体を洗う男や女達、みんな夕焼け色に染まる。
1日を洗い流す共通の美しいゆっくりとした時間。
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週末の夜。
ニジェール河に浮かぶ船で、毎晩「マリ音楽船上ライブ」が開催されている。夜9時スタート深夜2時まで。無料。
この同会場で2月には、ビックフェスティバス「Festival sur le Niger」が行われた。
アフロビートの神「フェラ クティ」の息子「フェミ クティ」がナイジェリアから客演したり、トーゴやセネガル、ブルキナファソからトップアーティストが大終結したという。
そんな神業アーティストの余韻が残る船の上でのマリ音楽ライブ。
ドラム、ジャンベ、ギター2本、ベース、ボーカルのバンバラ語でセグーの事を歌ったライブ。
ダンサー女性一人が、その演奏の横でダラダラとしたステップで踊る。
ボーカルのマイクの音が割れている。。。
裕福層の地元民が船の上でビールを飲み週末の夜を楽しんでいる。
対岸で音楽を聞いている人もいた。


週末は、毎晩どこかしらでライブが行われている。観光客が少ない時期だからか、地元民でいっぱいだ。
首都バマコでも毎晩開催されている様だが、我が家は逃したので此処セグーで音楽祭。


レストラン「KORA」 金、土曜夜9時からライブ音楽。無料。
「コラ」:マリ楽器。かぼちゃみたいな胴体に牛の皮が張ってある6弦の弦楽器。
「カメレンゴニ」:マリ楽器。小さなコラ。通称「若い男のハープ」高音弦楽器。
「ジャンベ」:ギニア楽器。太鼓。
「タムタム」太鼓全般をタムタムと呼ぶと思うんだけど、説明してくれた人が言ってた。バチで横腹を叩く太鼓。
「ギタ」:ボールの様な、半分に切ったカラバシをひっくり返した太鼓。マーケットでは荷物を入れる器として使われている。万能楽器。
西アフリカ代表格の楽器が集結するライブ。ボーカルが入らない時の纏まりとバランスは最高!
でもボーカルが入ると。。。ん~マイクの音が割れている。。。
マイク音割れ2日連続。。。これはアフリカのスタイルか?セグースタイルか?
そんなアツイボーカルに、客席の地元民からオヒネリが飛ぶ!

ジャンベで有名なマリだが、発祥はギニアだそうだ。
野性的で底抜けに陽気なジャンベが聞けると思っていたマリは、意外にも哀愁系音楽だった。
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2011年3月30日~
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by laidbacktrip | 2011-04-17 00:47 | マリ | Comments(0)

「セネガル~マリへ、灼熱の大移動。」

北部「セネガル」の「サンルイ」から「マリ」の首都「バマコ」へ。c0158636_20145824.jpg
遠い。地図でザァ~っと見ても1000km以上ある。

メジャールートは、首都「ダカール」から国際列車。でも大都会は避けたい、昨日ダカールでデモがあり公共機関が麻痺したと聞いている。
「サンルイ島」~「マタン」此処で1泊。「マタン」~マリ国境IN~「カイ」此処で1泊。「カイ」~「バマコ」。
セネガル河沿いを東へ抜けるマニアックなルートで「マリ」へ行くことにした。


まずは、1日目「サンルイ島」~「マタン」 400km以上だったと思う。
舗装道路、もちろん信号ナシなので、バスで大体6時間くらいで着くんじゃないかと。
アフリカタイムをナメてた。。。

朝8時過ぎに、宿を出てみたが通りにタクシーが走ってない。。。ん?なんで?
「サンルイ島」にかかる大橋まで歩いて来てみたら、今日は朝から橋を大々的に補修工事している。。。あっちゃっちゃ~。。。今日の移動、波乱な予感。。。
橋の工事を眺めているセネガル地元民に「この橋、いつ渡れるの?」聞いてみた。
「TOUT DE SUITE(もうすぐだよ)」
アフリカタイムの「もうすぐ」は、信用できんよ。
これはモロッコから共通していて、バスの出発時刻を聞いた時に、必ず返ってくる答え「MAINTENANT(今だよ)」っって1時間以上待った事ザラ。

するとまた別のセネガル人が、「あっちに船が出るよ」と、オールを漕ぐジェスチャーで教えてくれたので、c0158636_20171152.jpg

ん~このセネガル大河を手漕ぎ船か。。。と思っていたら、モーター付のボード。

セネガル人は、船着場にちゃんと一列で並んでいる。よくあることなんだろうか?
この状況を当たり前に受け止め、意外にも冷静にニコヤカに大人しく過ごしている。
救命胴衣も用意されていて、用意周到さにびっくりだよ。楽しんでいる人もいるほど、肝が据わってるな~アフリカ人。
20名くらい全員黒人、みんな揃ってオレンジ色の救命胴衣を着衣し、見た目は難民救助船だけど、我が家は「セネガル リバー クルーズ。」と呼んでいた。
バックパックも濡れる事なく、対岸に着いた際には、この荷物も確保されていた。
理にかなった行動力に感心した。
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「マタン」行き、乗り合いタクシー(7名乗り)は8500CFA。
バッシェ(11名乗り、最終的には25名。。。)は6000CFA。
バッシェを選択。我が家は2500CFA=480円をケチった(節約)ために。。。

これが、本日の最大の誤算。。。アフリカタイムをナメてた。。。

人数が集まるまで出発しないのは覚悟していたが、車の調子は悪すぎる、シートは硬い、途中で乗り降りする人々をいちいち止めている。
ようやく2時間半たった時に、昼休憩。
ここまでの走行距離、たったの100km。。。やばいでしょ~。。。時速50km以下じゃん!驚愕。。。
すでに昼1時半。。。あ~~~つ~~~い~~~~車内が。。。さ~~う~~~なぁ~~~。。。外はキツイ日射。。。
道は確かに舗装されているが、あたり一面サバンナ砂漠地帯。。。熱波に砂が舞っている。

これまたシートの隣のおばさんが、ドスコイな巨漢の持ち主で、アフリカらしいっちゃ~それまでだけど、肉に埋もれる自分の身の面積が広くて、暑さ倍増。。。
し~~~か~~も~~~、昼休憩長すぎる。。。運転手のさじ加減だから。。。いつ出発かわからん。。。
人数制限とかあるのかな?このバス。。。ギュウギュウ詰めだよ。。。詰め放題だよ。。。


でもね、車内のみんな親切なのよ。ニコヤカなのよ。みんな心棒強い。
負の表情も出さず、不平不満言わず、この状態が当然の如く、大きな体で大きな声で大きな笑顔、
汗だくでたくましく生きているよ。

車が止まるたびに、売り子が窓へへばり付くのよ。水、ビスケット、オレンジ、ジュース、などなど移動のお供を売りにね。
その中で何故か、洗濯洗剤と食器洗剤を売りに来ている人がいて、
「それは、今買わないでしょ~」なんて言っていたら、飛ぶように売れていて、
本当アフリカわからん。。。これが面白い。
 
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挙句の果てに、今からバスを乗り換えてくれと。。。
なんじゃい!?それなら早く言ってくれ!散々さ~~~う~~~なぁ~~の中で昼休憩が終わるのを待っていたのに。。。
性質の悪いお国のパターンのように、乗り換えたバスの料金をまた払うという重複支払いのボッタクリ可能性もあると思い、
乗り換え証明のチケット出してください!と頼んだら、
ノートの端っこを切った紙切れに、ボールペンで「6000CFA」、
その下に、何だかわからんぐちゃぐちゃ~っとした、たぶんモギリのオヤジのサイン付。面白い。
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もうさ、この時点で一番暑い2時頃。。。
そんな中をバックパック背負って、乗り換えのバスまで300m歩く。
たった300mだけど、散々暑さで消費した体力に、重い荷物と灼熱。。。
で、結局、大型バス。シートの乗り心地は良くなった。
しかし、窓が開かん。。。上の方に小さい窓があるけど、このバスも昼休憩中で。。。停車中。。。
風なんて入ってきません。。。
暑さにまだ体が慣れてない。。。

あ~~~つ~~い~~~さ~~~う~~~なぁ~~~。。。
脳汁が耳から出そうなほど暑いと思っていたら、嫁がのぼせて鼻血出した。。。
これが合図かの様にバスが出発。。。
今かい!?ちょっと待ってくれ!
車外の日陰で体を横にさせてくれ~!冷たい水を買わせて~!頭や後頭部を冷やささせてくれ~。。。

そんな心の叫びも届かず、走る出すバス。。。
いてもたってもいられない旦那が、ペットボトルの温まっちゃった水を嫁の頭からぶっかけた。
暑い暑い~砂埃の服や髪が余計にベタベタになっただけだよ~!
嫁は鼻血と水でぐちゃぐちゃだよ。。。さすがずっこ家亭主。
それを見ていた周囲のセネガル人達が、「鼻血だ!鼻血だ!」と凍ったペットボトルの水をくれたり、次の休憩でアイスを買うのを手伝ってくれたり、最後の最後まで、大丈夫かい?と声をかけてくれた。(フランス語でもない現地語だったので、何言ってるかわかんなかったけど)

それでも、アフリカ。
またまた強制バス乗り換え。。3台目だよ。もう夕方だよ。


でもね、景色は見たこと無い雄大に広がるアフリカの大地。
だだっ広い大地に、ヤギや牛が沢山いて、乾いたサバンナ建つ円柱の土壁と藁葺屋根の小さな家。
裸足の子供。やせたお母さんが頭に何か乗せてゆっくり歩いている。
井戸の近くに集落があって、貴重な木材で組んだ掘ったて小屋と家畜用の柵。
モスクだけは、この村には不釣合いなほど立派だったりする。
たまに、こんな村にもATMの看板と携帯屋の看板だけが、煌々と光っていたりして、何だかわけわからんよ。
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沿岸部のセネガルでは見ること無かった、内陸奥地の経済的には貧しい人々の暮らし。
でもね、バスに向かって手を振ってくる、子供達の笑顔は無邪気でとびっきりな表情。
あ~アフリカ。この笑顔に会いに来たんだな~。

結局11時間。。。バテバテな状態で、夜10時に「マタン」着。
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それでも、まだ終わらないアフリカ。
この小さな町には宿があると聞いていたので安心していたが、安宿2件。。。満室。。。夜10時だもんね。。。

安宿のテラスに、「蚊帳テントを建てて寝かせてください」と頼み込んで、バテバテのクタクタだが今夜はテント泊。疲れ果てたのでベッドで寝たかったけど、他に寝るところ無い。アフリカで野宿はできん。

よしOK!気持ち切り替えOK!
今夜はテントで充分です。シャワー浴びて明日の移動に備えよう!


それでも、まだ終わらないアフリカ。
シャワー出ないよ。。。(おばあちゃんシャワーって言ったじゃんよ!)
洗面所もトイレも、水が全く出ないよ。。。

渋々、トイレ用のバケツに溜めてある温まっちゃった水を、
ペットボトルの半分に切った簡易型小バケツで汲んで、行水。。。
汗と砂埃は、何とか落とせたから、浴びないよりは、まだマシだ。と、言う事にしよう!

夕飯食べてないよ。。。お腹すいたな~。。。
でも、もう夜11時過ぎている。。。
辺りは真っ暗。。。セネガルの僻地。店なんてとっくに全部閉まっている。
今夜は、このまま寝るしかない。。。

蚊帳越しの夜空。
今夜は満月。
アフリカのパワフルな満月に抱かれて眠る。
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そんで2日目。(長いな~この日記)
「マタン」~マリ国境越え~「カイ」

昨日の反省を生かし、今日は乗り合いタクシー。もう二度とバッシェ(ミニバス)には乗らん!と決めた。
「マタン」~マリ国境:乗り合いタクシー3時間、5000CFA(荷物代込み)順調だった。

セネガル国境~マリ国境を越えるイミグレと橋を渡る4kmくらいかな~。タクシー500CFA。ちょうど通りかかったセネガル人が相乗りの声をかけてくれた。

セネガル役人恐るべしな出国。建物の前に出国者を集めてパスポートを配っている。何だこりゃ?
我が家は配り終えたところへ行ったからか?出国の外国人だったからか?タイミング良く賄賂も無く、スタンプを押してもらえたけど、
このセネガル役人が、凄くえばり散らしていた。
隣に立っていた黒人の人は、二度とこの国境を越えて戻れないのか、肩がすごく震えていて、気の毒なほどおびえた眼をしてた。
そして1000CFAを賄賂で払ってパスポートを受け取っていた。20人の黒人全員が賄賂を払っていた。

そして、マリ国境までそのタクシーで行き「バス乗り場」という場所まで。
ここは国境ではなかったが、「マリVISA」を持っていれば、問題ないらしく、バスやタクシーでその先の国境を通過する際イミグレがあるという激ユルだった。
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セネガルとのギャップが激しい、ユルユル大国マリ。
国境の村で、女性だけで切り盛りする大家族ローカル食堂で昼ご飯。セネガル料理のマッフェ。(旦那さんはドライバーだったりする)
人当たりが柔らかくなった。マリに入った途端、女性達の笑顔が優しくなった。
国境付近なのに、こんなに雰囲気が暖かいとは!純朴な人々!
相手の心を汲んだ会話をしてくる。心配り、気配りがセネガルとは全く違って、本当に人が良い!
ここでもバッシェ(ミニバス)の勧誘をうけまくったが、客引きの男性も全く強引ではなく、終始笑顔で笑いが起こる。
乗り合いタクシーを待っている間も、結局この食堂のおばちゃんたちと仲良くなり、お茶を何度もご馳走してもらった。娘さんが入れたお茶を味見し、首をかしげるおばちゃん。
おお~職人かたぎだよ、アフリカ食堂社会。
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お茶を頂きながら3時間くらい待って、タクシーの乗客が集まったので、ここから110kmで本日目標の「カイ」へ出発。(乗り合いタクシー(3000CFA)
3kmほど先の「マリ国境」イミグレは、ご機嫌なマリ役人で、リンゴを齧り小躍りしながらスタンプぽ~ん。
エンジョイマリって言ってた。

だけど、このタクシーの天上には、乾燥させた牛の皮(シッポ付)が20枚ほど重ねて縛り付けてある。c0158636_20564324.jpg
く~~さ~~~い~~~生肉~~く~~さ~~い~~。。。
これが同乗者かよぉ~。。。
運転手の前のフロントガラスの下の台(日本語名、忘れた)には、ギャル車みたいにフェイクファーが敷いてある。
フェイクなのに、このファーから、牛臭が漂ってくるんように思えて。。。気が滅入った。。。
高く積まれている牛の皮、ラジエーターの水が漏れてるのか、すぐに止まるタクシー。。。
その横では、ヤギ肉の丸焼きバーベキューの煙。。。

バオバブの木が点々としてきた。夕暮れに染まり美しかった。
アフリカの大地は、静かにズッシリと生きている。
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結局、今日も、夜9時「カイ」到着。

此処「カイ」は、西アフリカで最も暑いエリア!夜でも気温40度近くある。。。

「カイ」から駅前まで、別のタクシー。近場だけど2000CFA。この価格は台数が少ないのと夜なので仕方ない。
駅前から歩ける通称「ホテル カールフール」ダブルベッド蚊帳付、6500CFA。(言い値7500CFA)
今夜は、ベッドで寝れる。シャワーも浴びれる。
しか~~し、暑すぎる。西アフリカ内陸。。。
床に水まいた。気化熱に願った。
それでも暑くて眠れなかった。

それでも我が家は、疲れ果てて翌日動けず2泊した。
こんなに西アフリカの旅が暑く厳しいとは、先へ進む自信を失いかけた。


そんで、3日目と言うか、4日目。

「カイ」~「バマコ」 電車。2等座席7500CFA。16時間かかった。(後から知ったがバスは9時間。。。)
朝7時15分発。定刻どおり出発。毎日運行してないので要確認。当日6時からチケット売り出し。
意外にもシートが広くて、快適。汚くは無いと思う。たぶん。インドのSLくらい。たぶん。たぶん。

2席づつに調節可能なファンがついている。
でも、昼の2時ごろは、暑すぎて汗が出すぎて、幽体離脱したかと思うくらいの灼熱だった。
外からの熱波が暑すぎるため、全員窓を閉めていた。

途中停車する村で、売り子達が頭の上に、水バケツやフルーツのカゴ、サンドイッチ、ビニールアイス、ビニール水、ジンジャージュースなどを売りに来る。
地域ごとに売るものを違っていたり、村の規模が小さく食料ないところは、手作りの団扇を売っていたり。
遠くの方から村人達が手を振っていたり。
何かと楽しい、純朴なアフリカ。
素敵な国マリ。


マリの首都「バマコ」到着、今日も夜11時。

バマコの最高気温41度。。。
西アフリカ灼熱の大移動。結局、このルートも手強かった。
そして、嫁は頭痛と発熱。。。
旦那も頭痛。。。

疲れからか??マラリアか??
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「バマコ」では有難い事に、アメリカ人とギニア人のお宅にホームステイさせてもらっている。
6本の木から500個もマンゴが収穫できたんだって!
ギニア人による「アフリカ料理マンゴの煮物。」
初めて見るし初めて食べる。初めてアフリカに来た事を彼は喜んでくれていた。
いつか彼が日本に来たら、回転寿司と流しそうめん屋につれて行きたいな~。

たくさん食べて、たくさん寝る。アフリカンサイズ。アフリカンリズム。
1週間滞在させてもらっている。おかげさまでアフリカンパワーで回復した。


2011年3月21日~
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by laidbacktrip | 2011-04-16 09:54 | マリ | Comments(0)

食って、祈って、歩く、サンルイ島の日々inセネガル

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セネガル料理は本気で美味い!何かわからない露店メシでも旨い!!
西アフリカは、米食がメインは様で、日本人の我が家にはとても有難い。
レストランよりも、ローカル食堂や露店メシの方が旨い!と、前評判のセネガル料理説は、本当だ。
あ~舌ジャンベ。
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お気に入りの小奇麗なローカル食堂「teranga ndar」で、ON THE ライス三大セネガル料理。
「ヤッサ」
(あんかけ野菜+肉や魚、海老MIXもあり)を白飯に乗せたもの
「マッフェ」(ピーナツペーストのハヤシライス?カレー?辛くない。
「チェブチェン」(炊き込みご飯+魚と野菜の煮物ぶっかけ。
1000CFAセーファ(180円)~。露店メシは半額以下。
地元民は、右手で食べる。手から食べ物の温度が伝わる。
インドやネパールと一緒。


セネガル料理美味しいわ~。なんて言いながら食堂を出る。c0158636_7402122.jpg
強い日差しの中で体力を消耗しないように、すぐ宿へ戻ろうとしたら、通りの日陰に人が並んで座っている。

金曜日の昼2時になると店という店が閉まり、通りが静かになる。車も通らなくなり、ピタッとすべての時間が止まる。
メインモスクの周りには、太陽の高い暑い時間の少ししかない日陰を利用し、お祈り絨毯を敷き、全員が東向きに座る。
男ばかりが正装し、道の脇にずら~~~っと座っている。女性は家の中でお祈りしているのだろう。
昼2時ちょうど、「アッラ~ アクバル~!」とモスクから拡声器が唸る、一斉礼拝。
おお~凄いエネルギーだよ。

2,3分したら、もういつもどおりの町の音に戻った。
一斉礼拝は一瞬の出来事で、その後、モスクからゴニャゴニャと説法らしき言葉、気合の入ったコブシの効いたコーランが拡声器から聞こえ続けている。

この町の人々は信仰心が篤いのかな?
セネガルに入国し、ムーア人を見かけなくなり、ブラックアフリカ一色。周りは黒人のみになった。
アラビックな雰囲気は無くなったので、すっかりイスラム教の雰囲気も薄れたのかと思っていた。
なぜなら、此処「サンルイ」には、お酒も売っているし、BARもあるからだ。
女性の服装も、より張ったお尻を強調するようなロングスカート。
顔も隠さず、髪も細かく編んであり、ついつい眼で追ってしまう。
セクシーで力強い女達が、町をプリプリ高飛車に歩いている姿はとてもイスラム教には見えない。

しかし印象は、より濃くなった信仰心。
モロッコもモーリタニアのモスクも、建物の中は全く見えなかったし、非教徒は入室禁止だったが、
「サンルイ」のモスクは、中にこそ入れないが、ドアが無く建物の中が通りから見える。
夕刻のお祈り時には、人々がモスクから溢れてお祈りしている。
夜は、物乞いの子供達が公園でコーランを勉強している。治安は悪くない。夜でも出歩ける。
朝は、朝日に向かってお祈りマットの上に座り、コーランを読んでいる若者達。
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歩いているだけでワクワクし楽しい町や国は、そうそうあるもんじゃない。
とうとうきたなぁ~ブラックアフリカ。
人々もアグレッシブだが当たりは良い。貧しかろうが何だろうが、プライド高く生きている。
町や食堂で会えば、知らない人でも「サヴァ?」と声をかけてくる。
物乞いの子供達も沢山いる。多少ツーリスティックな場所もあるので、小遣い稼ぎにやってくる。
早朝にパン屋が、物乞いにパンを配っていた。夜には道の外灯の下で、学校に行けない子供達が集まり勉強していた。
しかし、彼らには、卑屈さやしつこさを感じない。媚びた上目遣いも無い。アグレッシブだよ。
のんびりして乾いた気候が性格に影響するのか、カラッとした輝く笑顔で物乞いも子供も堂々とした態度でよってくる。

胸に、コブシを当てて挨拶してくる。
ダンスホールレゲエのような熱い勢いを感じるセネガル。

2011年3月17日~
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by laidbacktrip | 2011-04-14 21:37 | セネガル | Comments(0)

ミュージシャン宅ホームステイ@世界遺産の島サンルイINセネガル

「セネガル国境」~世界遺産の島「サンルイ」30km。乗り合いタクシー地元民1000CFA。
何も無い国境売り手市場なので我が家は1500CFA。
セネガル側の道は綺麗に舗装され、横には砂止め用に木も植えてある。
ここへ来て、「モーリタニア」が砂しか無い国だったんだと思う。
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フランス植民地時代の建物や文化が残る「セイント ルイス」=「サンルイ」は、
大西洋とセネガル河の河口にある、世界遺産の小さな島。
メインランドから3kmでビーチがあり、小奇麗なカフェやレストランもある。
パイナップルやマンゴが路上で売られている。やしの木もある。南国の雰囲気。
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実は、モロッコからモーリタニアの西サハラ越えのヒッチハイク時。セネガル音楽マネージャーのフランス人と出会った。
「サンルイ」に行ったら是非コンタクトすると良いと、セネガル人ミュージシャンを紹介してくれていた。
人から人へ。マネージャーのフランス人は、「ここだから」といつも胸に手を当てていた。心と心を繋げてくれた。
モロッコを抜けるときから、何か導きに導かれた旅らしさが始まっている。
大切にしたい感覚が、より研ぎ澄まされるアフリカ大陸。
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いきなりセネガル初日、ドローカルなミュージシャン宅訪問。
小さな家に家族も兄弟たくさんで住んでいるから、宿泊は難しいけど、お茶や御飯を食べにおいでと言ってくれたので、そのまま「サンルイ」から離れた彼のお宅へタクシーで移動。
いきなり得体の知れない異国のアジア客人。片言のフランス語でコミュニケーションも難しいのにウエルカムしてくれた。
「これは神が決めた道だから、少しずつ少しずつ理解していこう」と言って、
「トゥーバ カフェ」ジンジャーの効いた砂糖たっぷりコーヒーを入れてくれた。
「美味しい~!」と伝えたら、「これはトゥーバから来たコーヒーで、ここで愛情を注いだからね!」
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予想どおりの優しいミュージシャンは、疲れているならベッドに寝たらいいよ。と言ってくれるものの。。。
20人くらいの家族や兄弟が、コンクリートの中庭を囲むように3部屋しかない。しかも小さな部屋はダブルベッドが置かれ、残りのスペースなんて殆ど無い。
安宿よりも狭いよ。とても裕福とは言えないよ。
ベッドのすぐ横にTV、ラジオ、ガスボンベのみ。このガスボンベで何度もお茶を入れてくれた。
「アタイ」甘いあま~い紅茶。3杯接待するのが礼儀とか。これに意味があるらしく、

1杯目;人生は苦い。2杯目:忘れた。。。3杯目:人生は甘い。
我が家は、6杯以上頂いてしまった。
そんな彼の部屋の壁には「セイント トゥーバ」と言う聖者のポスターが飾ってある。

「サンルイ」の町を歩くと、この聖者のポスターや似顔絵が至る所に掲げてある。
バスのフロントガラスや家の壁、店の看板にも見かける。
ムスリムの聖者なのだろう。近くにその聖地もあるらしい。

って事は「トゥーバ カフェ」は、聖者のコーヒーだ。旨いわけだ!
ジンジャーが効いたミルク無しの甘いコーヒー。露店で1杯50CFA(9円)神業だ。
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我が家通りすがりの異国客人は、そのお宅でディナーを頂く事になった。c0158636_7171912.jpg
自分達の食事ですら、いっぱいいっぱいな経済力の彼らセネガル人家族の食事をご馳走してもらうのは、心苦しいと思いながらも、
こんな経験なかなか出来ないので一緒に食事したい。。。
少しばかりだが材料費を支払った。(彼からの請求金額があった)

大きなプレートに、セネガル料理「ヤッサ」(白米がどっさり広げてあり、その上に魚と玉ねぎ、トマトの煮物が乗っけてある。)
4人分くらいかな~と思っていたら、大人10人分だった。
コンクリートの中庭に敷かれたゴザの上に、直接置かれた1つの大きなプレートを10人の男たちと囲む。
男達は全員、右膝を立てて座り、右手で器用に御飯と具を混ぜて食べる。
女性と子供は、別な場所で1つのグループを作り、同じように食べている。。
スパイスが効いて美味しいが、けしてお腹いっぱいになる量では無い。

だが、彼は言う。
「みんなで分け合えば幸せなんだ。大勢で集まる。これがアフリカのパワーだ。」
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夜は、このコンクリートの中庭に、昨日買ったばかりの蚊帳テントを建てて寝袋で寝かせてもらった。
朝は、お祈りの大合唱がどこからか聞こえ、眼が覚めた。肌寒かった。
なんだがインドのバラナシやリシケシにいるような気がした。

この家族内に英語が話せる人が一人いたんだが、彼は終始、金が欲しいと請求だった。
別れ際も金の請求だった。
英語が話せるセネガル人は、何故か必ず語尾に「ユーノー?ワァッライミィ~ン?」と若干威圧的でリズムがヒップホッパーだYO!
サンルイの町にいる自称ミュージシャンも、ジャンベを習いたいか?とかいくらだ?とか顔を近づけて金を請求してくる。
音の粒に金を見出すミュージシャンに、美しい一線を越えた芸術的音楽など奏でられるんだろうか?と、お断りした。


我が家を迎えてくれた優しい彼は、c0158636_75532.jpg
「小さな平和の中から創造してさらなる平和を生み出すんだよ。これが人生を楽しむコツさ。」と言って別れた。

どこの国でも、腐ったような心もいれば、聖者のような心もいる。


彼らは、ジャンベ、トーキングドラムなどを使って演奏する子供から大人までの音楽集団「LAMPFOU DU SENEGAL」(セネガルの明かり)

いつかどこかで彼らの演奏を聴けるといいな~

2011年3月16日~


いつもどうもありがとうございます。
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♪旦那の音ブログ。音楽で世界を旅する。どうぞ→「旅するDJの世界音楽至福のひととき」
ॐ嫁のジュエリーサイト。こちらからどうぞ→「maitreya」
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by laidbacktrip | 2011-04-13 04:04 | セネガル | Comments(1)

「西アフリカ。モーリタニア~セネガル国境越え」

北アフリカから西アフリカへ。いよいよ来たよ~!
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「モーリタニア」~「セネガル」への国境越えメインゲート。
「ロッソ」のイミグレ税関は、何故か昼12時~15時クローズするらしい。
そして狭き門には、いつも人だがりができているらしく、なかなか曲者の国境越え。
一番の厄介は、横柄な態度の役人による賄賂請求だとの悪評判の堪えない国境。。。

そんな国境越え前日、これからマラリア汚染地域に突入するため準備。簡易型テント蚊帳や蚊よけクリームなど購入するため、町を歩く。c0158636_3435523.jpg
日中でも歩ける暑さ、さすがベストシーズンのモーリタニア。夜はフリースを着るほど寒くなる、アフリカが寒いとは。。。寒暖の差が激しい。
マーケット近くの交差点4角で路上蚊帳ショップ。店では扱ってないらしく路上にテント式蚊帳が広げてあるだけ。
韓国製と中国製があり、韓国製の簡易型テント式蚊帳3000ウギア(750円)(言い値6000ウギア)
ホームステイ先の家もこの蚊帳をダブルベッドの上に使っていた。
マラリア予防薬は、肝臓への副作用が強いので、我が家は投薬しないが、薬局で買える。
マラリア治療薬メフロキン(予防薬にもよく使われる)は、3日分で2000ウギア程度(病院の処方箋が無いと購入できない薬局もある)
防虫スプレーやべープマットなどの蚊よけグッツは、中国人が経営する商店で見かけた。蚊取り線香は無かった。どちらも匂いが苦手なので買わなかった。
結局我が家のマラリア対策は、フランス製の蚊よけクリーム「MOUSTIOSE」1600ウギア(マリでは倍の値段だった)と蚊帳テントだけ用意した。

買い物ついでに、ふらり立ち寄った[AUBERGE MENATA]に、ヌアディブで宿が一緒だったネオヒッピー西洋人群がいた。(実は、別の友人を探していたのだが)
ちょうど明日、セネガルへ行くタクシーをチャーターしていて、後2席あるので乗らないか?と、誘われる。
ルートは、悪評「ロッソ」国境経由ではなく、大西洋沿いの「ディアマ」国境を抜け、ナショナルパークを抜け「サンルイ」入りというマニアックルート。公共機関なし。
一人4000ウギア。少し割高だが。。。チャータータクシーなので仕方ない。それよりルートが魅力的。この再会も魅力的。

ふらりと立ち寄った宿で、友人と再会し、タクシーの席が後2人分、しかもちょうど明日発。
この流れ、乗ってみよう。
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モーリタニア首都「ヌアクショット」~国境「ディアマ」タクシー5時間。
何度もポリスチェックを受けるが、「ロッソ」行きの道のみ。「ディアマ」行きの道からはポリスチェック無かった。
フィッシュ(同乗メンバーの氏名、パスポートナンバー、visaナンバー、国籍を書いた紙、どんな紙切れでもok)をポリスへ渡す。
我が家は急遽同乗することになったので、タクシーの中でノートを破って書いた。4枚~5枚。
砂漠地帯から少しずつ木や草が見えてきた。砂色のみの景色にポツリと緑。貴重な木陰で休む警察や物乞いの子供達。
セネガル国境手前のナショナルパークを通過するので1000ウギア。猪、牛、ヤギ、ペリカン、見たことない鳥。
乾き切った砂の大地から、水や木々が見えてホッとする。
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東南アジアのラオスを思いだす様な、ひたすらのんびりした雰囲気の国境。
「モーリタニア」側イミグレ役人は、最高に穏やかで親日家だった。悪評「ロッソ」国境とは大違いだし、昼12~15時もオープンしていた。
国境にかかる橋を歩いて渡る。ロッソは船で渡るらしい。何故メインゲートに橋がかかってなくて、こんなマイナーな国境に立派な橋?

「セネガル」側役人は、ご陽気なキューバのサルサ音楽を流しながら、底抜けに明るい音楽とは裏腹な表情で賄賂を請求してきた。
フランス語も英語もわからない振りをしたが、近くにいたタクシードライバーがお節介を焼いてお札を見せて、2人で10000CFAセーファーフラン(1800円)だよって。
こんな長閑な国境でも賄賂か~。。。とうとう来たな~。
人だかりは無く、我が家だけ。陽気な音楽と眩しい太陽が遠く感じる。。。
セネガルでの10000CFAは、快適清潔シャワー&TV付のダブルベッド部屋1泊の値段。。。
小さな丸いパンが商店で100個買える値段。。。路上のコーヒーなら200杯だよ。
高圧的態度で上から目線な役人、高額な賄賂を請求してきたなぁ~。。。
入国スタンプを持っているのは、この役人だしなぁ。。。

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「私達は学生です。遠い国の日本からセネガルに来ました。賄賂は払えません。」
「学生の証拠を見せろ。どこだ!?」
とっくに期限の切れた、カオサン大学「偽」国際学生証明書を提示してみる。

すると役人はさっきまでの黒人悪役顔が消え、す~~っごい屈託のない笑顔に変身し、そのラテンなBGMで腰を振り踊るように、
「君達は本当に学生なんだね!疑ってごめんよ~!」
セネガル入国スタンプをポン!
「ジュウレドゥフ!(ヲロフ語=ありがとう!)」

我が家も踊ったよ。


2011年3月16日~

伸:皆様のコメントが旅の歩を進め彩っております。いつもありがとう!
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by laidbacktrip | 2011-04-12 03:26 | セネガル | Comments(0)

「ヌアディブ~ヌアクショット@モーリタニア」

西アフリカ内陸「ブルキナファソ」の首都「ワガドゥグ」に、昨日無事に到着しました。
本日の最高気温:42度だそうです。日中、場所によっては50度。。。血液沸騰。
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ブルキナファソで、久しぶりに、部屋で寝た。久しぶりのベッド。
1週間以上、屋外で蚊帳テントにマットで寝てた。
久しぶりに、冷たい水を飲んだ。美味しくて目瞑った。どれくらいぶりだろう?
ここは冷蔵庫に、ちゃんと電気が通っている様子。もちろん24時間通電ではないけどね。
西アフリカ内陸、1年で最も暑い時期が4月なんだってさ。
部屋の電源アダプターは、1つしかない。扇風機を優先させようか?PCか?カメラの充電か?
こんな環境を、「ニルヴァーナ的文明の利器」と、呼んでいる。
西アフリカ日記をこの機会に、一挙にUPUPUPしようと思います。
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「ヌアディブ~ヌアクショット@モーリタニア」

この先の滞在予定国「マリ」のVISAを取得しに、「ヌアディブ」からモーリタニアの首都「ヌアクショット」へ南下。
まだまだ続く砂漠サバンナの乾いた大地。サハラ砂漠はどこまで続いているんだろう?
500km以上の道のり、砂漠地帯にアスファルトが1本。(4年前はここのルートは無く。車はビーチの砂の上を走ってたそうだ。)
乗り合いタクシー(車種:ルノー21、ベンツのタクシーもあるが、特にTAXIの看板は無いので一見自家用車):3500UMウギア(870円)。荷物250UM。
ポリスチェックが何度かあったり、昼休憩したり、お祈り休憩したりしてトータル7時間かかったが、思ったよりも快適だった。同乗者達もドライバーも気持ちの良い陽気な人達だった。
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唯一まともそうなサービスエリアにバスは止まっていたが、我が家が乗ったタクシーは、ドローカルな掘っ立て小屋と屋根の下の日陰にゴザだけが敷いてあるレストランと言う名のサービスエリアで昼休憩。レストランに着いたぞ!と言われても、どこにあるのかわからなかったほどお粗末な作りだった。
ここのサービスは、砂漠の中の貴重な日陰でございます。
そして、白米に羊のブツギリ肉のブッカケ飯 「リ ソース(仏語意=汁ごはん)」(その後、ヌアクショットで見たところは、ボールみたいな洗面器てんこ盛りで250UM)
モーリタニア人は手で食べている。モロッコ同様の甘いお茶。食べた後は、貴重な日陰のゴザの上で雑魚寝。

タクシーは、ず~っと砂漠の遥か向こうにある地平線まで続く道の上。
車内の音楽は、ず~っと「コーラン」お経を聴きながら運転しているような感じで、眠たくならないのかと聞いたら、これが運転しやすいと言う。
たしか、モロッコの南の砂漠地帯をヒッチハイクしたときも、運転手はコーランを聞いていて、運転しやすいと言っていた。
7時間ず~っと神様の歌を聞いて、さらに途中では砂漠の砂に額をつけて東に向かってお祈りする。
ただただ広い砂漠地帯で、男がお祈りをする姿。同じ時間帯に車窓に映った。ラクダ使いも沢山いた。
彼らはメッカに向かって、東に向かってお祈りしているが、メッカの先のさらに東に日本がある、我が家には彼らが日本に向かってお祈りしているように感じた。
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有難いことに、「ヌアクショット」では国連で働く西洋人のお宅でホームステイさせてもらっている。
昨夜は、アフリカ陣傭兵と過ごす夜だった。
世界はみんな平和に向かっているだけなのにと、考え深い滞在だった。
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モーリタニアの首都「ヌアクショット」には、「マリVISA」を取得に来た。
町の真ん中(グランドモスク近辺)から「マリ大使館」まで、タクシー100UMウギア。
タクシーと表示している車が少ないけど、何となく道に立っているとタクシーと表示されてないボロボロ車がクラクションを鳴らしてくれる。
町中では、アジアの様にやたらクラクションなどは鳴らさないので、静か。
砂漠サバンナの音だけが響くような砂の町。
町の真ん中のマーケットでは、セネガル通過(CFAセーファ)の両替商の客引きが耐えないが、モーリタニアは、ゆったりとした雰囲気の人々。
モロッコのような人懐こさは全く無い。話しかけられることも少ないが、こちらから話せば親切な人柄。
アラブ色も薄くなり、豪快な笑顔のアフリカのリズムが染み出してきた。


~~西アフリカの旅は、旅人も少ないし日本語の情報も希薄なので、ここに少し記載します。ご参考にしていただけたら幸いです。~~

「マリVISA」情報@ヌアクショット
即日発行:1ヶ月シングルVISA 6500UMウギア。ダブルVISA 8000UMウギア。
パスポートコピー、顔写真2枚、申請書はフランス語のみ。
髪や眼の色、身長を記入する欄があった。
10時に申請しに行って、3時に受け取りだったので、3時5分前に行った。
大使館員の業務は3時までだったらしくギリセーフ。


我が家は、ホームステイさせてもらっているが、友人を探しに宿へ行ったので、宿情報を少し。
AUBERGE SAHARA:屋上のテント部屋 ツイン 4000UM。キッチンあり。WIFIあり。感じの良い主人。英語も少し通じる。WEBサイトあり。
AUBERGE AWKAR:ドミ2000UM。ヌアクショット最初のポリスチェックで英語堪能な客引きが名刺をくれた。WIFIあり。キッチンあり。庭あり。通りの前に商店あり。
どちらも ROUTE DE NDB(ルート デ ヌアディブ)沿いにある。
AUBERGE MENATA:値段不明(たぶん上記の宿と同じくらいだと思う)。WIFIあり。キッチンあり。庭、商店あり。町の真ん中にあるので何かと便利なのか西洋人が沢山いた。

2011年3月12日~

追伸:皆様のコメントが旅の歩を進め彩っております。いつもありがとう!
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by laidbacktrip | 2011-04-11 21:29 | モーリタニア | Comments(0)