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西チベット。アジア最大聖地巡礼カイラス。

何故、人はここへ来るのだろう。
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この旅2年半のアジア集大成にふさわしい、憧れの聖地、西チベット、カイラス山。
世界の屋根ヒマラヤの北部に位置し、厳しい自然環境と複雑な政治的背景を背負うことに寄って、秘境中の秘境と言われている度を増し、人々をひきつけ続けているが近づきがたい乾いた大地と山。


カイラス山は、
仏教徒にとって、ブッタ。
ヒンドゥー教徒にとっては、シヴァ神の住み処。
立体曼荼羅と言われている山。

この標高6千ウンチャカmt(忘れた)の聖なるカイラス山の回りは52kmの見事な巡礼路があった。
山の南側の村を拠点にスタートし、東西北にゴンパ(寺院)を擁し、ミラレパ、グルリンポチェ、ゴツァンパなどの聖者が瞑想したと伝えられる洞窟の数々。
河口慧海が心臓破りと称した標高5700mtのドルマ・ラ(峠)超えなどなど、キリがないほどのアトラクション揃いの巡礼路は一周52km。
低地から来た外国人は2~3日間かけて周る。チベット人は1日で周る。

そんな52kmの巡礼路をチベット全土中、アジア、はたまた世界中から仏教徒、ヒンドゥー教徒、ボン教徒、聖地マニア、トラベラー、登山家、写真家、宗教研究家、物好きまで、あらゆる人間が集い、歩く。馬に乗る人もいれば、ヤク(山牛)やポーターに荷物を持ってもらって手ぶらで歩く人もいれば、五体投地で身を伏せながら全身をカイラス山の巡礼路に預けて周る人もいる。ただただ各々が山の周りをクルクル回る。そんな場所。

今日、カイラス山を含む西チベットの個人旅行は許されていない場所となっている。
北京オリンピック以前は、チベット人に顔の近い日本人は変装し、ヒッチハイクや闇バス、巡礼トラックなどで、西チベットに潜入し旅していたが、今現在は(昔も)入境許可証(パーミット)が必要なため、ネパールサイドからカイラス山を目指すには旅行会社を通し、パーミット付のツアーにてのみ旅行可能という状況。
実際3週間西チベットにいたが、現地人盛りだくさん乗せた巡礼トラックも1週間に1台見た程度、ヒッチハイカーも見かけなかった。パーミット無しのヒッチハイク旅行者を乗せたドライバー(チベット人)は見つかり次第殺害されるという噂も。
西チベットは中国政府の厳しく管理下の魅惑の地。


この旅2年半フラフラと個人旅行している我が家、すべてお膳立てされた過保護ツアー(3食+おやつ+料理人付、ホテルは最高級、ヤクやポーター、医者までつけてのフルサービス。日程は限りなく短く、いっきに標高5000mt近くまで移動する、高度順応どころか。。。肝心なカイラス山周辺でも自由はきかない20名~80名単位のツアー、16日間、20万~60万円程度)にはお世話になりたくない。

コンビニエンスな生活をしている環境から西チベット入りし巡礼だけに集中するなら、きっとこんな高額ツアーでも良いのだろうが、我が家は河口慧海もミラレパも自分の足で旅した地には、なるべく現地を舐めるように出来るだけインデペンデントで安く西チベットを旅したかった。しかしこの状況下でヒッチハイクをするほど無茶も時間も根性もない。

社会から踏み外さずに良い事してます的な日本語ボランティア教師をしながら、カトマンズ在住7ヶ月間、虎視眈々とその時を狙っていた。
そして偶然にも自分達の希望に沿ったプランが見つかった。
ツアーとして予約するのは、移動手段ジープ+ガイド&ドライバー、西チベット間パーミットのみ。予算を削れる宿と食事は現地で探し各自払い、いつものバックパッカー気分。しかも今回初の試みのツアーでカイラス山コルラ(巡礼周る事)を3回可能な日程。
信頼おけるドイツ人仏教徒が10年続けている旅行会社で支払いはユーロ。
タイミングよろし。

ダイヤモックス(高山病予防薬)や胃腸薬(酸素欠乏による下痢予防)のケミカル漬けでなく、素の本来の自分自身でカイラス山と向き合いたかったので、薬物投入することなく途中標高3750mt「Nyalam(ニャラム」という町で高度順応4日間。
カイラス山、ティルタプリ、マナサロワールの3大聖地10日間という合計3週間のゆったりとしたフレキシブルなプログラム。持参のテントでの宿泊もOK。

西チベット価格相場。宿:1ベット30元前後~、食事1食10元程度~。麺6元~。チャーハン10元~。バター茶1.8Lポット7~12元。シャワー10元~20元。宿や寺院でお湯はフリーでもらえる。インスタントのスープや麺、カロリーバーやビスケットの行動食は、カトマンズで購入し現場に持ち込んだ。



メンバーは国籍バラバラな7名、ジープ2台。チベット人のドライバー。
サッカーとビールに世が明け暮れている中、カイラス山のみを完全にフォーカスし、体と心の調節、自分の内側に向かい明け暮れるメンバー達。
チベット仏教徒ドイツ人男性47歳、仏教に見せられ始めたオージー男性30歳、3人の子持ちカナダ人母さん35歳、チベット仏教の開祖の一人グルリンポチェマニアのロシア人女性38歳、ダライラマの写真を撮り続けて早10年のニューヨーカー写真家50歳男性、そしてズッコ家日本人夫婦。インターナショナルな面子。


~~~~~~~~~~~~~~

1日目:Kathmandu~Nyalam 
国境まではバス、中国サイドはジープで移動、合計5時間ほど。
ネパール~中国国境超え、激ユル大国からパッキパキの国へ。もちろんダライラマの写真など持っていれば問答無用即没収。


2日目:Nyalam restday Milarepa cave.
メンバーの中で漢字が理解できる唯一のアジア人として、宿や食事のガイド通訳役として、ドローカル食堂を筆談で渡り西洋人の中で珍しくヒーロー的ポジション。


3日目:Nyalam Trekking to Phukaro cave.
先に駒を進めたくてウズウズするが、この先の高地のための高度順応とあちこちトレッキングの日々+チベット語の単語勉強(ガイドブック旅行人参照)。10元で浴淋(シャワー)浴び放題、カトマンズよりも快適な湯量と水質。


4日目:Nyalam Trekking to Tara tso.
高度順応地3日目だが頭痛に悩まされているメンバーもいた。我が家は相変わらず、餃子、包子、麺、番加、麻婆豆腐、中華料理食いまくりで全く高山病の気配なし。


5日目:Nyalam~Saga.
およそ6時間ドライブ。後部座席でウトウトしながらヒマラヤ山脈の美しさに感嘆。なんやかんや言っても移動手段が確保してあるのは楽チン。チベット人ドライバーはランチ後の眠気防止に「ナタ(チベタンナチュラルコカイン)を吸引し、トヨタ、ランドクルーザーはパリダカの様に砂道を飛ばす。


6日目:Saga~Paryang.
地平線とヒマラヤ山脈の間をひたすら走る。野性のガゼル、放牧の羊、遊牧民のテントなどが雄大な景色を演出する。北京タイムなので西チベットでは22時に日が暮れる。厳しい自然環境の限られた食材で作る現地の食の幅が狭くなってきた。
チベタン食堂やテントで、チャーハンやシャムデ(チベット料理、ジャガイモとヤク肉のポトフon the rice)空気も旨いし飯も旨い10元。


7日目:Paryang~Darchen.
マユム・ラ(峠)を超えた辺り、カイラス山が遠くに望める。その強烈な存在感に圧巻。カイラス山コルラの拠点の村Darchen。この地でも20元でシャワー浴び放題。カトマンズよりまともにお湯が浴びられ、太陽パネル自家発電を各家庭持っているので、夜は必ず電気がある。デジカメの充電も問題なかったし、中華料理屋も雑貨屋も揃っているが銀行やATM、郵便局は無い。酸素が希薄なだけで思ったより快適に過ごせる村。
カイラス麓のコルラ拠点の村の道端で、汚い服を身に纏うが目はとても優しく力強いチベット人のお爺さんに、旦那は握手された。ようこそカイラスへ、と言っている様だった。


8日目~10日目:Mt.kailash Kora①。
そんなわけで始まった1週目コルラ。
期待や不安を抱いて早朝5時半起床、日の出7時と共にチベット犬の遠吠え、小雪の中Darchenを出発。巡礼トレッキングスタート。
どんよりと空が重い。右肩側に位置するはずのカイラス山も姿見せず。
最初の1時間程度で到着するポイントのチベット人もスルーする様な所で、いきなり五体投地とタルチョ(チベット仏教徒聖なる五色旗)を供える西洋人。西洋でもダライラマの影響か仏教への献身の心を知り、驚く我が家。ん~濃い1周になりそうだ。

そして調度、前日宿泊していた宿の隣の部屋のラマ(僧侶)や食堂で顔見知りになったチベット人兄ちゃん達がいたので、ヒョイヒョイとついて行くと、そこは鳥葬場。
ちょっとした小高い岩丘の上、20人位チベット人達がいて、数十kgのチベット人主食ツァンパ(麦焦がし粉)、バター、ビスケット飴などが堆く山積みに運び込まれ、ヤク(山牛)の糞で焚き火がゴウゴウと焚かれ、ラマ(僧侶)がお経を唱え始めていた。

ふと後ろを振り返ると。。。ある一人の男が斧で肉を刻んでいる。
ヤク(山牛)か何か生贄なのかと思って見るが。。。何かが変だ。
顔が布で巻かれているが、どう見ても人間なのだ。。。

巡礼初日、歩き始めて1時間にしてカイラス山を見る前に、鳥葬場の現場の儀式に立ち会ってしまったのだ。
小雪と冷たい風の吹き荒ぶ中、人間の遺体を斧と小刀で鳥が食べやすい様に刻んでいる最中だった。
本で読んだことがあったが、現場は初めてだ。
首を斧でぶった切り、頭蓋骨から頭皮を小刀で削ぎ剥ぎ、鳩尾から小刀を入れ肋骨を左右に割る。そして内臓を取り出し細かく刻む。すべては鳥のため。
岩の上に広げられた肉片は、この夏に鉄板の上で焼かれる食卓の肉となんら変わらない見た目だった。

死に対する悲しみは感じられず、外国人(我が家とロシア人の3名のみ)が突然見学していても、怪訝な表情なく、むしろ巡礼中に立ち寄ってくれ、最後の別れに良くぞ来てくれたと大きな笑顔の人々。何の前触れも無く太ったチベット人のおばさんから嫁は力強い抱擁を受けた。きっとさっき見た肉片は、この人の旦那様だろう。生きる事の強さを確認する様な強い抱擁に、涙が止まらなかった。


雲の中のカイラス山を右手に、強風の中歩き続ける。まだ午前10時。
幸い追い風なので、歩は進むのだが、冷たい風に体温は奪われ、乾燥した希薄な空気の標高5000mt前後。1周コルラ3日間の内、割と楽だと言われる初日のルートが辛く感じる。
しかしこの強風が昼過ぎに上空の重い雲を追い払ってくれて、歩き続けて9時間後のカイラス山北壁に到着したときには、完璧な青空に聳えるカイラス山を拝む事が出来た。

自然の偉大な芸術を前にしてもなお、人々はそれを表現しようと努力するが、宇宙を映し出す鏡の様な不動な存在に対し、神や自然を恐れ拝めて人々は謙虚になるざる終えない。精神の集中力が、ただの山の背後に信仰の偉大な力を作り出しているようだった。

この冷たい風の吹き荒ぶ中テントを建てようか考えていたが、やはり此処北壁に到着したことの感謝を伝えようとデラプク・ゴンパ(寺院)へ。するとラマ(僧侶)がベットを2つ空けてくれた。ドラマチックな巡礼初夜は、窓からカイラス山が望め、仏像達が見守る小さな僧房でラマ達と就寝。

巡礼トレッキング2日目。
昨日までそこにあったカイラス山は、完全にこっち側の物質世界だと思っていたのだが、朝焼けの柔らかい光と凛と張り詰めた冷たい空気の中、まるで日時計のように刻々と朝を迎えるのを、カイラス北壁はピンク色やオレンジ色と変化して色が広がっていく。
宇宙を移す偉大な鏡。風の音の奥の静けさ、精神が剥き出しになる。
大自然の創造物の前では、人々は謙虚になる以外の道はないのだろう。
そしてそのただの道は巡礼路となり、ただただ人は歩くのみ。
通学路も通勤路も巡礼路。


さて、ここからが山場。標高5700mtのドルマ・ラ(峠)を越える。
多くのツアー客の荷物を運ぶヤク(山牛)、太り過ぎたインド人を乗せて歩く馬の行列に混ざり、我が家はテントと食材(3日間分)を背負い自力で越える。
今までの経験の中で、一番標高の高い場所へ来たが意外と楽だった。
峠には無数のタルチョ(チベット仏教徒五色旗)。我が家も2008年インド、ラジャスタン州で出会った九州出身の旅人に頂いてからこの旅でず~っと持っていた小さなタルチョをこの峠に託して来た。


2日目の夜は、最後の東側の寺院(名前忘れた)に宿泊するのが一般的だが、我が家はテント泊。このカイラス山の麓で気軽に自由にテント泊なんて夢のようだが、当たり前のように過ぎ去った。
野生の野ウサギやマーモット(多分)も生息していた。
カイラス源流水を沸かした味噌汁やコーヒーは格別な美味しさだった。
朝起きたら、雪がうっすら積もっていた。


11日目~12日目:Mt.Kailash Kora② 
1周目に重い荷物を背負ったせいか、足の裏に巨大なマメが出来てしまった旦那、2周目は余儀なく断念。
嫁は単独で2周目に挑戦し、寺院に宿泊し食材を背負い1泊2日で1周コルラしてきた。
コルラ拠点の村に3日後に現れると思っていた嫁が、2日目の夕暮れ時に村に帰って来た時には吃驚した。回数を重ねてコルラするとマインドがクリアになっていくんだろう、ゆるされるなら何度も周ってみたい。
我が家二人とも無事に巡礼コルラすることが出来ました。
応援してくださった方々どうもありがとうございました。


13日目~14日目:Thirtahpury.
正直言って、カイラス山よりも聖地パワースポットを感じた。
ほとんどの人が日帰りのため念が無いのか、温泉が湧き続けるせいか、大地のエネルギーが強い。水晶と人骨散らばる山と洞窟、地平線と温泉は、死と生の大地。
行ってよかったと強く思った不思議な場所。商店も食堂も無い、宿は一件のみ(1ベット30元、要交渉)。温泉は飲用(アルカリ性)、石灰は頭髪用にとチベット人達はシコタマ持って帰っていた。


15日目~18日目:Lake Manasarovar Kora. 
4日間かけて湖の外周88km(100kmという説も)を歩いて巡礼コルラ。
そんなことしている人なんて一人も見かけなかった、インド人ツアー客などバスやジープでグルっとドーン、バッシャーン。氷水のようにめちゃくちゃ冷たい湖水に浸かり浄化するインド人達、旦那もトライ。星がすべて湖に沈み、太陽がそこから昇る湖は、聖なる水を従えていた。

足場の悪い沼地、1日目ハードな歩きのためメンバー3名脱落。
我が家含む4名個々歩く。真っ青な聖なる湖面と対話のみ。

我が家3日目に食料が底をつき始める。。。またもやザンスカールの時のようにビスケット1箱で1日重い荷物を背負い歩き続けなくてはいけなくなるのかと。。。
途中の寺院でインド人ツアー客に助けられ、豆カレーやプリーなど鱈腹ご馳走になり巡礼が続けられたので、「ありがとう」と言うが、これは俺がしたのではない、神(シヴァ)がしたのだ、ありがとうはいらない、と。はぁぁ~さすが、オ~ム ナマシヴァヤ~。

最終日に宿泊したゴスル・ゴンパ(寺院)は最高だった。
小高い山に位置する寺院の宿坊の窓からは、一面に広がるマナサロワール湖。
ツアー客ゼロ、なぜなら5つしかベッドが無いから、しかもラマ(僧侶)も2名のみ。
雑誌クレアとかに掲載されそうな景色は、5星級ラグジュアリ寺院。
でもトイレは無いので、そこら辺で。


4日目の最終日、脱落したニューヨーカー写真家がゆで卵などを持って道中に向かえに来てくれた。ガイドもポーターも携帯電話も無い状態で、空腹テレパシーが伝わったのかな?
人々に支えられて、無事に巡礼コルラ1周することができた、有難かった。

このマナサロワール湖コルラ拠点のチュ・ゴンパ麓の村には、温泉が湧き。公衆浴場あり。30元(要交渉)各個室に五右衛門風呂が設置されている、湯はかけ流し。コルラ後の全裸温泉最高!標高4000mtくらいなので長風呂注意。


19日目:Trogba.
帰り道、1日12時間ドライブ。毛沢東主義による中国文化革命の傷跡生生しいゴンパ(寺院)一見の価値あり。
無数の中国人とチベット人が舗装道路建設のため、手作業で働いていた。約3週間ぶりに通る道がもう違っていて、あと5年もしないうちに、ネパール~カイラス間はすべて舗装道路になり観光バスが行き来し、さらに俗化するのだろうか。


20日目:Trogba~Nyalam.
標高がドンドン下がり、生活が便利に、食の選択幅が広がり、物が増えて、人口が増えて行くのがわかる。


21日目:Nyalam~Kathmandu.
管理された国から管理のない自由な国ネパールへ。警察の表情も緩いし、無駄に人が日向でぼ~っとしている。激ユル先進国だわ~。
国境沿いの村はシェルパ族の住むチベット仏教信仰地。同じチベット仏教なのに国が違うと印象が違う。我が家は国境から4kmの「タトパニ」という温泉地に1泊し、公衆浴場(個室:外国人150RS、ネパリ100RS、野外打たせ湯:外国人20RS、ネパリ10RS)
フニャフニャでカトマンズへ無事帰還。
(国境~カトマンズ:エクスプレスバス1日1本、300RS・4h)


この旅2年半にわたるアジア最終章に相応しく、なにもかもが素晴らしい西チベットの旅だった。
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by laidbacktrip | 2010-06-25 13:33 | チベット

西チベット。アジア最大聖地巡礼カイラス。

何故、人はここへ来るのだろう。

この旅2年半のアジア集大成にふさわしい、憧れの聖地、西チベット、カイラス山。
世界の屋根ヒマラヤの北部に位置し、厳しい自然環境と複雑な政治的背景を背負うことに寄って、秘境中の秘境と言われている度を増し、人々をひきつけ続けているが近づきがたい乾いた大地と山。

カイラス山は、
仏教徒にとって、ブッタ。
ヒンドゥー教徒にとっては、シヴァ神の住み処。
立体曼荼羅と言われている山。

この標高6千ウンチャカmt(忘れた)の聖なるカイラス山の回りは52kmの見事な巡礼路があった。
山の南側の村を拠点にスタートし、東西北にゴンパ(寺院)を擁し、ミラレパ、グルリンポチェ、ゴツァンパなどの聖者が瞑想したと伝えられる洞窟の数々。
河口慧海が心臓破りと称した標高5700mtのドルマ・ラ(峠)超えなどなど、キリがないほどのアトラクション揃いの巡礼路は一周52km。
低地から来た外国人は2~3日間かけて周る。チベット人は1日で周る。

そんな52kmの巡礼路をチベット全土中、アジア、はたまた世界中から仏教徒、ヒンドゥー教徒、ボン教徒、聖地マニア、トラベラー、登山家、写真家、宗教研究家、物好きまで、あらゆる人間が集い、歩く。馬に乗る人もいれば、ヤク(山牛)やポーターに荷物を持ってもらって手ぶらで歩く人もいれば、五体投地で身を伏せながら全身をカイラス山の巡礼路に預けて周る人もいる。ただただ各々が山の周りをクルクル回る。そんな場所。

今日、カイラス山を含む西チベットの個人旅行は許されていない場所となっている。
北京オリンピック以前は、チベット人に顔の近い日本人は変装し、ヒッチハイクや闇バス、巡礼トラックなどで、西チベットに潜入し旅していたが、今現在は(昔も)入境許可証(パーミット)が必要なため、ネパールサイドからカイラス山を目指すには旅行会社を通し、パーミット付のツアーにてのみ旅行可能という状況。
実際3週間西チベットにいたが、現地人盛りだくさん乗せた巡礼トラックも1週間に1台見た程度、ヒッチハイカーも見かけなかった。パーミット無しのヒッチハイク旅行者を乗せたドライバー(チベット人)は見つかり次第殺害されるという噂も。
西チベットは中国政府の厳しく管理下の魅惑の地。

この旅2年半フラフラと個人旅行している我が家、すべてお膳立てされた過保護ツアー(3食+おやつ+料理人付、ホテルは最高級、ヤクやポーター、医者までつけてのフルサービス。日程は限りなく短く、いっきに標高5000mt近くまで移動する、高度順応どころか。。。肝心なカイラス山周辺でも自由はきかない20名~80名単位のツアー、16日間、20万~60万円程度)にはお世話になりたくない。

コンビニエンスな生活をしている環境から西チベット入りし巡礼だけに集中するなら、きっとこんな高額ツアーでも良いのだろうが、我が家は河口慧海もミラレパも自分の足で旅した地には、なるべく現地を舐めるように出来るだけインデペンデントで安く西チベットを旅したかった。しかしこの状況下でヒッチハイクをするほど無茶も時間も根性もない。

社会から踏み外さずに良い事してます的な日本語ボランティア教師をしながら、カトマンズ在住7ヶ月間、虎視眈々とその時を狙っていた。
そして偶然にも自分達の希望に沿ったプランが見つかった。
ツアーとして予約するのは、移動手段ジープ+ガイド&ドライバー、西チベット間パーミットのみ。予算を削れる宿と食事は現地で探し各自払い、いつものバックパッカー気分。しかも今回初の試みのツアーでカイラス山コルラ(巡礼周る事)を3回可能な日程。
信頼おけるドイツ人仏教徒が10年続けている旅行会社で支払いはユーロ。
タイミングよろし。

ダイヤモックス(高山病予防薬)や胃腸薬(酸素欠乏による下痢予防)のケミカル漬けでなく、素の本来の自分自身でカイラス山と向き合いたかったので、薬物投入することなく途中標高3750mt「Nyalam(ニャラム」という町で高度順応4日間。
カイラス山、ティルタプリ、マナサロワールの3大聖地10日間という合計3週間のゆったりとしたフレキシブルなプログラム。持参のテントでの宿泊もOK。

西チベット価格相場。宿:1ベット30元前後~、食事1食10元程度~。麺6元~。チャーハン10元~。バター茶1.8Lポット7~12元。シャワー10元~20元。宿や寺院でお湯はフリーでもらえる。インスタントのスープや麺、カロリーバーやビスケットの行動食は、カトマンズで購入し現場に持ち込んだ。

メンバーは国籍バラバラな7名、ジープ2台。チベット人のドライバー。
サッカーとビールに世が明け暮れている中、カイラス山のみを完全にフォーカスし、体と心の調節、自分の内側に向かい明け暮れるメンバー達。
チベット仏教徒ドイツ人男性47歳、仏教に見せられ始めたオージー男性30歳、3人の子持ちカナダ人母さん35歳、チベット仏教の開祖の一人グルリンポチェマニアのロシア人女性38歳、ダライラマの写真を撮り続けて早10年のニューヨーカー写真家50歳男性、そしてズッコ家日本人夫婦。インターナショナルな面子。


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1日目:Kathmandu~Nyalam 
国境まではバス、中国サイドはジープで移動、合計5時間ほど。
ネパール~中国国境超え、激ユル大国からパッキパキの国へ。もちろんダライラマの写真など持っていれば問答無用即没収。

2日目:Nyalam restday Milarepa cave.
メンバーの中で漢字が理解できる唯一のアジア人として、宿や食事のガイド通訳役として、ドローカル食堂を筆談で渡り西洋人の中で珍しくヒーロー的ポジション。

3日目:Nyalam Trekking to Phukaro cave.
先に駒を進めたくてウズウズするが、この先の高地のための高度順応とあちこちトレッキングの日々+チベット語の単語勉強(ガイドブック旅行人参照)。10元で浴淋(シャワー)浴び放題、カトマンズよりも快適な湯量と水質。

4日目:Nyalam Trekking to Tara tso.
高度順応地3日目だが頭痛に悩まされているメンバーもいた。我が家は相変わらず、餃子、包子、麺、番加、麻婆豆腐、中華料理食いまくりで全く高山病の気配なし。

5日目:Nyalam~Saga.
およそ6時間ドライブ。後部座席でウトウトしながらヒマラヤ山脈の美しさに感嘆。なんやかんや言っても移動手段が確保してあるのは楽チン。チベット人ドライバーはランチ後の眠気防止に「ナタ(チベタンナチュラルコカイン)を吸引し、トヨタ、ランドクルーザーはパリダカの様に砂道を飛ばす。

6日目:Saga~Paryang.
地平線とヒマラヤ山脈の間をひたすら走る。野性のガゼル、放牧の羊、遊牧民のテントなどが雄大な景色を演出する。北京タイムなので西チベットでは22時に日が暮れる。厳しい自然環境の限られた食材で作る現地の食の幅が狭くなってきた。
チベタン食堂やテントで、チャーハンやシャムデ(チベット料理、ジャガイモとヤク肉のポトフon the rice)空気も旨いし飯も旨い10元。

7日目:Paryang~Darchen.
マユム・ラ(峠)を超えた辺り、カイラス山が遠くに望める。その強烈な存在感に圧巻。カイラス山コルラの拠点の村Darchen。この地でも20元でシャワー浴び放題。カトマンズよりまともにお湯が浴びられ、太陽パネル自家発電を各家庭持っているので、夜は必ず電気がある。デジカメの充電も問題なかったし、中華料理屋も雑貨屋も揃っているが銀行やATM、郵便局は無い。酸素が希薄なだけで思ったより快適に過ごせる村。
カイラス麓のコルラ拠点の村の道端で、汚い服を身に纏うが目はとても優しく力強いチベット人のお爺さんに、旦那は握手された。ようこそカイラスへ、と言っている様だった。

8日目~10日目:Mt.kailash Kora①。
そんなわけで始まった1週目コルラ。
期待や不安を抱いて早朝5時半起床、日の出7時と共にチベット犬の遠吠え、小雪の中Darchenを出発。巡礼トレッキングスタート。
どんよりと空が重い。右肩側に位置するはずのカイラス山も姿見せず。
最初の1時間程度で到着するポイントのチベット人もスルーする様な所で、いきなり五体投地とタルチョ(チベット仏教徒聖なる五色旗)を供える西洋人。西洋でもダライラマの影響か仏教への献身の心を知り、驚く我が家。ん~濃い1周になりそうだ。

そして調度、前日宿泊していた宿の隣の部屋のラマ(僧侶)や食堂で顔見知りになったチベット人兄ちゃん達がいたので、ヒョイヒョイとついて行くと、そこは鳥葬場。
ちょっとした小高い岩丘の上、20人位チベット人達がいて、数十kgのチベット人主食ツァンパ(麦焦がし粉)、バター、ビスケット飴などが堆く山積みに運び込まれ、ヤク(山牛)の糞で焚き火がゴウゴウと焚かれ、ラマ(僧侶)がお経を唱え始めていた。

ふと後ろを振り返ると。。。ある一人の男が斧で肉を刻んでいる。
ヤク(山牛)か何か生贄なのかと思って見るが。。。何かが変だ。
顔が布で巻かれているが、どう見ても人間なのだ。。。

巡礼初日、歩き始めて1時間にしてカイラス山を見る前に、鳥葬場の現場の儀式に立ち会ってしまったのだ。
小雪と冷たい風の吹き荒ぶ中、人間の遺体を斧と小刀で鳥が食べやすい様に刻んでいる最中だった。
本で読んだことがあったが、現場は初めてだ。
首を斧でぶった切り、頭蓋骨から頭皮を小刀で削ぎ剥ぎ、鳩尾から小刀を入れ肋骨を左右に割る。そして内臓を取り出し細かく刻む。すべては鳥のため。
岩の上に広げられた肉片は、この夏に鉄板の上で焼かれる食卓の肉となんら変わらない見た目だった。

死に対する悲しみは感じられず、外国人(我が家とロシア人の3名のみ)が突然見学していても、怪訝な表情なく、むしろ巡礼中に立ち寄ってくれ、最後の別れに良くぞ来てくれたと大きな笑顔の人々。何の前触れも無く太ったチベット人のおばさんから嫁は力強い抱擁を受けた。きっとさっき見た肉片は、この人の旦那様だろう。生きる事の強さを確認する様な強い抱擁に、涙が止まらなかった。


雲の中のカイラス山を右手に、強風の中歩き続ける。まだ午前10時。
幸い追い風なので、歩は進むのだが、冷たい風に体温は奪われ、乾燥した希薄な空気の標高5000mt前後。1周コルラ3日間の内、割と楽だと言われる初日のルートが辛く感じる。
しかしこの強風が昼過ぎに上空の重い雲を追い払ってくれて、歩き続けて9時間後のカイラス山北壁に到着したときには、完璧な青空に聳えるカイラス山を拝む事が出来た。

自然の偉大な芸術を前にしてもなお、人々はそれを表現しようと努力するが、宇宙を映し出す鏡の様な不動な存在に対し、神や自然を恐れ拝めて人々は謙虚になるざる終えない。精神の集中力が、ただの山の背後に信仰の偉大な力を作り出しているようだった。

この冷たい風の吹き荒ぶ中テントを建てようか考えていたが、やはり此処北壁に到着したことの感謝を伝えようとデラプク・ゴンパ(寺院)へ。するとラマ(僧侶)がベットを2つ空けてくれた。ドラマチックな巡礼初夜は、窓からカイラス山が望め、仏像達が見守る小さな僧房でラマ達と就寝。

巡礼トレッキング2日目。
昨日までそこにあったカイラス山は、完全にこっち側の物質世界だと思っていたのだが、朝焼けの柔らかい光と凛と張り詰めた冷たい空気の中、まるで日時計のように刻々と朝を迎えるのを、カイラス北壁はピンク色やオレンジ色と変化して色が広がっていく。
宇宙を移す偉大な鏡。風の音の奥の静けさ、精神が剥き出しになる。
大自然の創造物の前では、人々は謙虚になる以外の道はないのだろう。
そしてそのただの道は巡礼路となり、ただただ人は歩くのみ。
通学路も通勤路も巡礼路。


さて、ここからが山場。標高5700mtのドルマ・ラ(峠)を越える。
多くのツアー客の荷物を運ぶヤク(山牛)、太り過ぎたインド人を乗せて歩く馬の行列に混ざり、我が家はテントと食材(3日間分)を背負い自力で越える。
今までの経験の中で、一番標高の高い場所へ来たが意外と楽だった。
峠には無数のタルチョ(チベット仏教徒五色旗)。我が家も2008年インド、ラジャスタン州で出会った九州出身の旅人に頂いてからこの旅でず~っと持っていた小さなタルチョをこの峠に託して来た。

2日目の夜は、最後の東側の寺院(名前忘れた)に宿泊するのが一般的だが、我が家はテント泊。このカイラス山の麓で気軽に自由にテント泊なんて夢のようだが、当たり前のように過ぎ去った。
野生の野ウサギやマーモット(多分)も生息していた。
カイラス源流水を沸かした味噌汁やコーヒーは格別な美味しさだった。
朝起きたら、雪がうっすら積もっていた。

11日目~12日目:Mt.Kailash Kora② 
1周目に重い荷物を背負ったせいか、足の裏に巨大なマメが出来てしまった旦那、2周目は余儀なく断念。
嫁は単独で2周目に挑戦し、寺院に宿泊し食材を背負い1泊2日で1周コルラしてきた。
コルラ拠点の村に3日後に現れると思っていた嫁が、2日目の夕暮れ時に村に帰って来た時には吃驚した。回数を重ねてコルラするとマインドがクリアになっていくんだろう、ゆるされるなら何度も周ってみたい。
我が家二人とも無事に巡礼コルラすることが出来ました。
応援してくださった方々どうもありがとうございました。

13日目~14日目:Thirtahpury.
正直言って、カイラス山よりも聖地パワースポットを感じた。
ほとんどの人が日帰りのため念が無いのか、温泉が湧き続けるせいか、大地のエネルギーが強い。水晶と人骨散らばる山と洞窟、地平線と温泉は、死と生の大地。
行ってよかったと強く思った不思議な場所。商店も食堂も無い、宿は一件のみ(1ベット30元、要交渉)。温泉は飲用(アルカリ性)、石灰は頭髪用にとチベット人達はシコタマ持って帰っていた。

15日目~18日目:Lake Manasarovar Kora. 
4日間かけて湖の外周88km(100kmという説も)を歩いて巡礼コルラ。
そんなことしている人なんて一人も見かけなかった、インド人ツアー客などバスやジープでグルっとドーン、バッシャーン。氷水のようにめちゃくちゃ冷たい湖水に浸かり浄化するインド人達、旦那もトライ。星がすべて湖に沈み、太陽がそこから昇る湖は、聖なる水を従えていた。

足場の悪い沼地、1日目ハードな歩きのためメンバー3名脱落。
我が家含む4名個々歩く。真っ青な聖なる湖面と対話のみ。

我が家3日目に食料が底をつき始める。。。またもやザンスカールの時のようにビスケット1箱で1日重い荷物を背負い歩き続けなくてはいけなくなるのかと。。。
途中の寺院でインド人ツアー客に助けられ、豆カレーやプリーなど鱈腹ご馳走になり巡礼が続けられたので、「ありがとう」と言うが、これは俺がしたのではない、神(シヴァ)がしたのだ、ありがとうはいらない、と。はぁぁ~さすが、オ~ム ナマシヴァヤ~。

最終日に宿泊したゴスル・ゴンパ(寺院)は最高だった。
小高い山に位置する寺院の宿坊の窓からは、一面に広がるマナサロワール湖。
ツアー客ゼロ、なぜなら5つしかベッドが無いから、しかもラマ(僧侶)も2名のみ。
雑誌クレアとかに掲載されそうな景色は、5星級ラグジュアリ寺院。
でもトイレは無いので、そこら辺で。

4日目の最終日、脱落したニューヨーカー写真家がゆで卵などを持って道中に向かえに来てくれた。ガイドもポーターも携帯電話も無い状態で、空腹テレパシーが伝わったのかな?
人々に支えられて、無事に巡礼コルラ1周することができた、有難かった。

このマナサロワール湖コルラ拠点のチュ・ゴンパ麓の村には、温泉が湧き。公衆浴場あり。30元(要交渉)各個室に五右衛門風呂が設置されている、湯はかけ流し。コルラ後の全裸温泉最高!標高4000mtくらいなので長風呂注意。

19日目:Trogba.
帰り道、1日12時間ドライブ。毛沢東主義による中国文化革命の傷跡生生しいゴンパ(寺院)一見の価値あり。
無数の中国人とチベット人が舗装道路建設のため、手作業で働いていた。約3週間ぶりに通る道がもう違っていて、あと5年もしないうちに、ネパール~カイラス間はすべて舗装道路になり観光バスが行き来し、さらに俗化するのだろうか。

20日目:Trogba~Nyalam.
標高がドンドン下がり、生活が便利に、食の選択幅が広がり、物が増えて、人口が増えて行くのがわかる。

21日目:Nyalam~Kathmandu.
管理された国から管理のない自由な国ネパールへ。警察の表情も緩いし、無駄に人が日向でぼ~っとしている。激ユル先進国だわ~。
国境沿いの村はシェルパ族の住むチベット仏教信仰地。同じチベット仏教なのに国が違うと印象が違う。我が家は国境から4kmの「タトパニ」という温泉地に1泊し、公衆浴場(個室:外国人150RS、ネパリ100RS、野外打たせ湯:外国人20RS、ネパリ10RS)
フニャフニャでカトマンズへ無事帰還。
(国境~カトマンズ:エクスプレスバス1日1本、300RS・4h)

この旅2年半にわたるアジア最終章に相応しく、素晴らしい西チベットの旅だった。
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by laidbacktrip | 2010-06-25 13:19 | ネパール

「聖地カイラス山へ」

とうとうアジア最大の聖地カイラス山へ行けそうです。
実は、出発前夜の10時まで、行けるかどうかわからずギリギリでした。

明日からチベット入り。さっき決定したので実感がまだありませんが、

いよいよ、カイラスが近づいてきた様です。長かったぁ~。


「みまさまが平和と調和に満ち溢れた世界でありますように」と、3週間行ってきます。

その間は連絡が取れませんのでご了承ください。

それでは、行ってきま~す。
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by laidbacktrip | 2010-06-01 01:56 | ネパール