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「西アフリカ最終章。ガーナ縦断の旅。中部~南部編」

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モロッコ南部からの西サハラ越え~西アフリカ縦断~ガーナ北部と、ず~っと砂漠やサバンナのパサパサに乾燥したエリアだったが、
ガーナの中部地方から熱帯雨林気候になり、湿度がグ~ッと上がり、じ~っとりと汗をかき蒸し暑く、晴れているのに洗濯物が乾かなくなった。
最高気温は42度から35度になった。寝苦しい夜から解放されそうだよ。
赤道に近づくにつれて気温は上昇するものだとばかり思っていたが、そうでもないんだね~。

そして、ガーナに入国してから、子供の物乞いを見かけなくなった。客引きもいなくなった。
これが旅がしやすいと言われる所以だな~。
店の看板がやたら啓蒙活動。神を称える熱きメッセージばかり。
イスラム教徒はいなくなり、キリスト教徒ばかりになった。クールになり、人と人の間に一定の距離間があるのを感じる。でも、とても親切な人々のガーナ人達。とくに南部。
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ガーナの中部~南部の公共交通機関は、ボッタクリもなく正規料金で座席指定のチケット、クーラーが効いた快適バス。
もう快適ニルヴァーナなんて喜んでいたレベルなんてすっ飛ばして、もう1サイクル回って輪廻転生して物質社会現代にワープして来た様だよ。
「ケープコースト」~「アクラ」なんて、アメ車FORDのワゴン新車!この3年半旅で一番快適な公共乗り合いバスだった。ラジオから流れるヒップホップの繊細なMIX捌きにも発展を感じたよ。
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「クマシ」 ガーナ第2の首都。(写真上)イギリスに最後まで抵抗した誇り高き「アシャンティ」の都。西アフリカ一の規模の巨大マーケット。だが、売られている商品は8割は中国製だろう。アフリカをイメージするカラフルなマーケットでは無かった。そこへ集まる人々も民族衣装では無く普通の服なので、特別な感じはなかったが、ただす~っごい人。人。人!!中国の広州のマーケットの人が、中国人じゃなくて黒人になった様な印象だった。そして、人々の歩く速度の早さに驚いた。
カルチャーセンターでは、村のクラフト作りが見られる。染織工芸、編み籠、ジャンベ作り(写真下)、太鼓作り、陶芸、ブロックプリントなどなど。町の喧騒から一息つけれる公園になっている。
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「タコラディ」 大西洋ギニア湾の港町。ガーナに来てやっと居心地の良い規模の町に辿り着いた。海が近いからか空気がよくなり過ごしやすい。
人々が、すごい陽気でオープンになった。

「エコロッジのビーチ」 亀の産卵を保護する活動をしている宿。地域住民にも呼びかけて、卵の売買禁止や食べないように指導をしているプロジェクトを持つエコロッジ。もちろんソーラーパネルの自家発電。トイレは清潔感のあるコンポスト。シーズンには産卵見学ツアーもある様子。人のいないビーチを1km歩くと、ドローカル漁村。
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ジャングルと海に挟まれた小さな村と言うかバラック。陽気な子供がいっぱい!学校をたてるために生徒(中学~高校生くらいの年)が、自ら石材を頭に乗せて丘へ上って運んでいた。楽しそうにしていたのが印象深く、彼らは写真を撮ってと声をかけてきて自慢のポーズをキメてた。アフリカの子供達なんてカワイイんだろう~!
この宿は、西洋人に超人気なので要予約!「GREEN TURTLE LODGE」ツイン20セディ。
周りはビーチとジャングルのみなので、食事は宿で。朝食:5セディ~。昼食:6セディ~。夕食:10セディ~。朝食:フレンチトーストWITHローカル蜂蜜など。リアルコーヒー:2.5セディ。
(写真下、握手を求められすぎて成田空港状態。カメラを向けた途端、「俺の文房具!」でキメ!」
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ここでイキナリ、「ガーナ★3つ星★ずっこ家ミシュラン屋台メシ」(1セディ=55円)
デノミの影響とインフレが激しいので、前情報より基本的にすべて値上げしていた。
しかし、セディの価値が下がっているため、実際に支払う価格は円計算だと、むしろ前情報よりも安くなっていた。

★「ジョロフライス&チキン」(写真右) パームオイル+トマト味の炊き込みご飯+鳥のから揚げ+サラダ。スパゲティが付c0158636_8353282.jpgく時もある。2セディ~
ガーナ北部は、「スパゲティ」の事を堂々と「イタリア」と呼んでいた。最初、何を言っているのか英語なのに理解できなかった。
「ライス WITH イタリア?」と聞かれた。
それじゃ、カレーをインド、チャーハンをチャイナ、ビールをジャーマニー、寿司をジャパン。という括りになるよ。デカイな。
★「ジョロフライス&アボガド(肉食苦手な人向け)」 全体的にスパイシー味なので、アボガドがまろやかテイストc0158636_8374593.jpgにしてくれる。2セディ~
★「ワチェ」(写真右) 豆御飯+サラダ+たまねぎを煮込んだソース+トマトソース+スパイスソース+ゆで卵。ベジタブルビビンパって感じでシャキシャキな歯ごたえで美味しい。
目分量の量り売りで、大体1セディ(ゆで卵付き)でお腹い~っぱい。丼メシで日本でも流行ると思う。
★「名前がわからん」 指差して注文してた。モロヘイヤと干し魚をミンチしたオカラの様なソース ON THE ライス。めちゃ旨い!! 量り売りで0.5セディ~。
★「プランテン」 甘くないバナナの炭火焼。スライスして揚げてあるチップスも、バナナ風味に塩味が効いてバス旅のお供。0.5セディ~。←昔の価格の名残で5000と言う人もいる。

ガーナ郷土料理は、たくさんあるけど全部練り物。。。大体1玉0.2セディ~と格安だったけど。。。
ん~~我が家は苦手な食事だった。火傷覚悟で素手で食べる。

*「フーフー」 ヤム芋の粉を、杵と臼で餅つきの様に練ってデカ団子にしたもの。スパイシーなナッツ(ピーナッツ?)ソースをかける。
*「ライスボール」 その名の通り、御飯を丸くしたものだが、御飯が少しつぶれる程度に中途半端に練ってある結局練り物。ソースにオクラ(もしくはモロヘイヤ)のネバネバ系か、臓物系ソースをかける。
*「TZ」 北部限定食。なんだったけなぁ~?練り物だったけど、米だったかトウモロコシだったかなぁ~。とにかく練り物。
ソース名もガーナ語だったが忘れた。このソースは「ベジタブル」か?と聞いたら、堂々と「ベジタブルだ!」とレストランのスタッフに言われたのでオーダーしたら、ドロドロの臓物ソースが出てきた。。。英語圏だが、理解できない事が多々あった。
*「オモトゥ」 日曜日限定。だけど、基本ライスボールと変わらない。ちょっと練りに時間かけたねって感じな、キメ細かい練り物。がんばってる感の練り物。
*「ケンケー」 プランテンの葉に包まれている、中身はやっぱり練り物。何の練り物か忘れた。揚げ魚、揚げ海老&「ぺぺ」というトマトとチリのスパイスソース付き。
*「バンクー」 酸っぱい発行させたような練り物。「ぺぺ」のスパイスソース、焼き鯖付きあり。炭火焼きの鯖を手でほぐして、練り物と食べる。もう単純だけど複雑な触感。

全体的に、ガーナ北部より南部の方が、味のバランスが良かった。それまでは、本気でガーナ食シンドかった。(ただ味に慣れたのかも?)
元フランス植民地から元イギリス植民地へ、ただフランス語圏から英語圏になっただけでなく、味覚という感覚までもバックグランドのお国柄が出ているのかと。。。

路上のお茶文化が無くなった。乾燥地帯じゃないからか?水が不味いからか?ゆっくりお茶する場所が無い。時間優雅な英国アフタヌンティーどこいったんだろう?
その代わり、「アルバロ」(1セディ)という微炭酸のジュース、パッションフルーツ味やパイン味が国民の飲料アイドルだった。湿度が上がると炭酸が飲みたくなる法則。
屋台カフェ(中部~南部)は、今までの激甘カフェオレでなく、コンデンスミルクからエバミルクになり、若干甘味が抑えられた。1セディ~。
フランスパンは、もう見かけなくなり、日本同様の甘みのある食パンが朝食の定番になった。
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「ケープコースト」 アフリカ奴隷の出所要塞がある海沿いの町。教会があちこちたくさんある。
日曜ミサのゴスペルが、ドラムやギター、ベースにキーボードというバンド編成で、歌唱力がとんでもなく、「ローリン ヒル」かと思ったよ!
そして、礼拝に来ている人達は、まるで神が見えているかの様な恍惚とした表情で、踊っていたのが印象深かった。アフリカンゴスペル昇天!
リズムがあれば、基本どこでも踊るアフリカ人。道を歩いてても、音楽が聞こえたら踊る。店の人も踊ってる。バスを待ってても踊る、乗ってても踊る。お尻プリプリ踊る。

西アフリカらしい躍動感溢れたガーナ伝統音楽、太鼓(←名前忘れた)が10個。ダンサー10人のミュージカル仕立て、アメリカのサポートによるパフォーマンス集団。(写真下)
「OASIS」と言う宿兼レストランの野外ステージで、毎週末プログラムあり。
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「首都アクラ」 フライト探しの日々。ここから「エジプト」へ飛ぶため。旅行会社もレストランもBGMは、「しゃ~でぇ~ SADE」 
なぜなら、ブラック音楽の宝庫「ナイジェリア」出身だもん。しかも英語圏同士だしねガーナとナイジェリア。昼も夜も甘いよぉ~~~。

中東~EU~西アフリカ縦断の後は、この先のアメリカ大陸へ行く前に、エジプトでゆっくりしようと予定していた。
西アフリカから脱出するのは(片道)、どこも高額(700~1000USドル)だが、「ガーナ」~「エジプト」はまだ安い方(500USドル)。
旅行会社を通しても、ネット予約でも、価格は一緒。エジプトエアー空港支店は現在閉鎖。
旅行会社はガーナ現地通過セディ現金支払いのみ。オンラインのドル支払いの方が得。なぜならガーナ通過が不安定でレイトが悪い&ATMの引き出し上限額が400セディまでなので、引き出し手数料の負担額が大きくなるため。しかし、オンラインに間に合わなかった(2日前)ので、旅行会社でチケット手配。店によってレイトもチケット価格もバラバラだったので、数店舗探し歩いた。CITYBANK国際キャッシュカードは、[BARCLAYS銀行]のみ使用可能。

アクラ宿:「PACIFIC HOTEL」ダブル25セディ。トイレ&シャワー、鏡台、ファン付き。清潔で快適。
何よりも!宿の横に夜8時から屋台が出るのだが、準備段階から人が群がるほどの超人気ガーナ料理屋台!
店を切り盛りするのは若いおねえちゃん3人のチームワークが素晴らしい!
ここで最後に、ガーナ屋台料理の真骨頂を知ることが出来て良かった。

無事に、ガーナを半月かけて縦断し、西アフリカ3ヶ月間の旅を終える事ができた。
ガイドブックも日本では近年発行されておらず、旅人も少なく(結局、日本人は友人の山ちゃんしか会わなかった)、情報もかなり乏しい西アフリカの縦断の旅は、いろいろと困難な部分が多く感じられるけれど、
旅バランスを擁し、生きる上で大切な何かや自分自身と深く向き合う事が出来る数少ない残された旅路の一つだと言っても過言ではないエリアだった。そういった面も含めて、旅をしている!という感覚が指先までビシビシ感じられた日々だった。
全く違った生活形成や文化との出会いが旅の醍醐味ならば、西アフリカの旅は、我が家にとっては最高の旅路だった。
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今、エジプトの大オアシス、革命後の新しい「首都カイロ」です。
未来明るい自由を謳歌する革命家エジプト人に囲まれる日々。町の喧騒と、人々のオープンマインドで過剰なジェスチャーと、お節介に癒されてます。

久しぶりにネット環境もまともので、DJ JETSTREAM「音ブログ」もそのうちUPしていく予定です。気長にお待ちくださいね。
(写真に写っている薄い影は、西サハラ越えの際、デジカメに砂が入っちゃった。。。リコーさん、どうしたら良いの?)

改めて、こうして旅を続けられる環境と、理解ある家族と、応援してくれる仲間に、感謝します。

2011年5月中旬。

いつもどうもありがとうございます。
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♪旦那の音ブログ。音楽で世界を旅する。どうぞ→「旅するDJの世界音楽至福のひととき」
ॐ嫁のヨガジュエリー。穏やかな日々へ。どうぞ→「maitreya」
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by laidbacktrip | 2011-05-29 08:48 | ガーナ

「西アフリカ最終章。ガーナ縦断の旅。北部編」

ガーナ北部も、まだサバンナ地帯、最高気温42度。。。c0158636_8562936.jpg
連日の40度越えも、2ヶ月たとうとしている。暑さにバテてきた。
雨が増えてきた。マラリアに罹る危険性が高くなる時期だ。

そして、元フランス植民地から、元イギリス植民地へ。
アフリカ初の英語圏になって意思疎通が楽なった。(アフリカ英語の訛りも強烈ね)
出会う旅人も、ヨーロピアンからアメリカンに変わった。。。旅人同志の距離が遠くなった。

さらに、水が不味くなった。(水道水もフィルター水(ビニールのパック)も、絵の具の味か、石鹸の味。。。)
ガーナ料理が口に合わない。。。
ケンケー、TZ,、バンクー、フーフーなど、穀物や御飯の練り物などだが、全部同じ様なモノに思えた。
一通りトライしてみたが、2度は無かった。
スパイシーな味付けなのだが、屋台もレストランもMSGフルパワーだよ。(北部国境近辺のみ)

下痢と吐き気が毎日。。。(結局、嫁はガーナ滞在中半月間。旦那は何とか持ちこたえた。)
ジワリとボディーブロ。


そんな先行き不安な「ガーナ縦断」は、予定外のヒッチハイクで入国。(イミグレの役人も紳士的、黄熱病予防接種カードのチェックもスマートだった。)
乗り合いタクシーのボッタクリに辟易していたら、ガーナ人がヒッチハイクのトラックを探して来てくれた。国境エリアでこの親切度合いは、ハイレベル。
巨大トレーラー。初めてトラックにヒッチハイクで乗った。
運転手と助手、その後ろのシートに座り、高い車窓からサバンナとガーナの田舎の景色。
舗装道路は完璧なフラット。しっかりとした外灯までついている。たぶん日本製援助道路。
町まで31kmの距離はあっという間だったけど、とても親切なガーナ人達とは、
「今後は、日本で会おう!トラックで!」と握手して別れた。
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「ボルガタンガ」 アニミズムのパワースポット。トンゴの丘。テングズグ集落。(乗り合いバス:トロトロ30h、0.8セディ)
村から歩いて片道4km。まだまだ最高気温42度。。。もちろん帰り道も歩いて4km。
神聖なシュライン(神殿)の岩場に囲まれたエリアに。入り組んだ土壁の小さな家屋。
井戸水飲んで灼熱の中、辿り着いた小高い丘には、インドのハンピの様に、自然が織り成す、神業の岩の造形。
宇宙のバランス。サバンナの地平線。
神殿へは入場料:10セディ、学生8セディ。(ガーナは三大外貨収入源の内、観光業が含まれている)神殿までさらに歩いて2~3km。
ビジターセンターがあり、やる気の無いおじさんが管理している。ガイド無しなら5セディだけど神殿へは行けんよ。と言ってた。

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「ボルガタンガ」~「タマレ」 トロトロ:2,3時間←忘れた。5セディ(荷物代:1セディ)大型バスほど安いと言っていた(2~4セディが相場)
クーラー無し。車内の音楽アメリカンヒップホップ。「エミネム」がバァ~っと流れた後に、「マライヤキャリー」とかビックリする選曲。
そうそう、元イギリス植民地だから英語圏になったのだけれど、イギリスじゃなくて、THE アメリカ!
節々にアメリカを感じる。オバマフィーバー!
西アフリカは、どこもオバマフィーバーしてたけど、「ガーナ」は英語圏だからか、キリスト教徒が大半だからか、アメリカ意識をより強く感じた。
南部ガーナの港ケープコーストが、ジャマイカやキューバ、ブラジルへの黒人奴隷の出所だったからか。
現にアメリカ黒人が、「ルーツはガーナだ」と言う人も多いらしく、その一人に「スティビー ワンダー」も含まれるとか。


「タマレ」ガーナ北部の交通の要所。ここから「モレ国立公園」へ。←徒歩サファリ(歩いて野生の動物を観察)が出来るという稀有な国立公園。
「モレ」行きバスのチケット発売開始は、朝6時から。
明日の6時にまたチケットを買いにくるとして、今日は「タマレ」で1泊しよう。

宿:「カトリック G.H」バスターミナルから2km。タクシー1セディ。
トイレ&シャワー付。小さなバルコニー&ファン付。TV付だがチャンネルは2個だけ。
ガーナは蚊帳付の宿が無いな~。マラリア汚染地区なのにな~。。。ただし網戸はシッカリしてる。
シングル21セディ。ダブル28セデイ。


翌朝、夜明け前の朝6時。薄暗い中、旦那が歩いてバスのチケットを予約しに行く。「メトロ。。何とかバス会社」←名前忘れた。
すでに人だかり。並ぶ事を知らない人達。全員がチケット争奪ライバル。
と、思ったら、名前を書いて予約するだけ。黒人だらけの中、旦那も押し合い圧し合いで見事、予約表に名前を記入!一瞬で予約完売!
な~の~に~、チケット本売りは、6時間後の午後12時半。バス出発の30分前。。。何?このややこしいシステム。すでに体力消耗だよ。
このシステムなら、ダフ屋がいてもおかしくないだろう。
名前だけ抑えて予約代行業務とか、バスターミナル前の商店とか遣りかねないのに、こういう隙間産業は無いんかね。


ま~いいわ。今日は朝から予約表に名前書けたし、チケットの予約出来たわ~。
この旅で一番大きな仕事をしたような達成感で、朝焼けが美しく感じられた。
そんな旦那、一人で朝御飯を屋台で食べる。オムレツとパンとミロ。(ガーナに入国したら、ミロがカフェ文化に登場)
水が不味くて、ミロが泥水に見える。。。
ま~いいわ、バスチケット予約した達成感と充実感で満ち溢れているからさ~。
心は、泥水にはならないのさぁ~。と、ルンルン気分で宿へ戻り、身支度整えバックパック背負ってもう一度、嫁と一緒にバスターミナルへ。

そして12時。予約してあるチケットを買うだけだが、人だかりが出来ている。並ばない国民性?(いまどき中国もインドもきちんと並ぶのに。。。)
これじゃ、早朝、予約した意味無いよ。。。
予約したなら確実にチケット取れるんだから、押し合いせずに並んだほうがスムーズなのに。。。また押し合いへし合いでチケット争奪合戦。
ん~~~。。。この旅で「2度とやりたくない」と思った事ってあまり無いけど、これは「2度とやりたくない」部類かな~

しかも、1時発のバスが来ない。最高気温42度。。。暑いよ。
6時間待っても来ない。もうすぐ、もうすぐと言われ続けて6時間経過。。。
夜7時。まだバス来ない。これ以上遅くバスに乗ったら、モレ国立公園到着は深夜か?翌朝か?疲労困憊で夜中のテント泊。。。
そんな事までして行きたいか?縦断ルートから反れるルートなのに、この状況。。。行くか?行かずか?
西アフリカの中で、国際援助により発展し旅がしやすい国と聞いていたが。。。北部は別物、忍耐だな。

そして、アザーンが響きわたり日没を告げた。と、同時に我が家も「モレ国立公園」行きをキャンセルした。
その場でチケット転売して、夜道を歩き宿探し。
しかし、旅の神は見捨てなかった。客引きがヒントをくれたのですぐ近くで宿が見つかった。
(結局、翌日は朝から雷雨大雨だったので、国立公園はキャンセルして良かったんじゃないかと)

タマレ宿:STCバスターミナルから近い安宿「AL HASSAN HOTEL」へ。
リニューアル部屋。巨大アフリカサイズダブル:20セディ。(改装前の部屋は、ダブル10セディ。シャワー&トイレ付)
TV、シャワー、トイレ、ファン、鏡台、机、椅子など、清潔で快適。ガーナ旅で一番綺麗で広々していた。スタッフも紳士的。


ここ「タマレ」は、さすが北部玄関口と言われている交通の要所なだけあって、バスターミナル周辺には、商店や売店、露天商がたくさんある。
屋台の食事もバリエーションが増え(?)、町の発展とともに、味付けがまともになった。
さらには、「チャイニーズ ファーストフード」売店の救世主現れ、春巻きとチャーハンで久しぶりにお腹いっぱい食べた。
日本のコンビニ食の様な味気なさだったが、それでもガーナ料理が口に合わない我が家にとってはクモの糸だった。
発泡材の容器、プラスチックのスプーン、紙ナプキン、輪ゴムなど、テイクアウト用の包装備品の完璧さに、ガーナの発展を感じた。
そして、ゴミ箱は設置されているが(どこかの国の援助だろう)、ゴミをゴミ箱へ捨てるという教育が無いのか、町中のゴミが目に付いた。

もうアフリカンタイムなんて無くなった。
ガーナ人の口からは、「時間が無い」という言葉を聞くようになった。

2011年5月上旬。
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by laidbacktrip | 2011-05-24 08:51 | ガーナ