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カテゴリ:パキスタン( 12 )

スパイス臭

2008年10月24日~26日

「ラワールピンディー」~「ラホール」電車5H 130RS(学割)

レンガ造りの建物と田園風景が落ちつく車窓
さすがムスリム国、電車が駅でお祈りタイムのために停止する。
(デパートの中にもお祈り部屋があったしね)

4人座りシート対面式で8人のはずがなぜか10人。。
私たちアジア人が珍しいらしく好奇心先行型で、他人のシートに普通の顔して居座っている。

駅弁代わりに、チャパティーとパコラ(野菜フリッター)、チャイを持ち込む家族もいる。
名古屋で言えば、天むすと緑茶ってところかなぁ?ナイスな携帯食。

ついつい期待に答えて、顔芸や指手品を披露し、一時は時の人となりかけたが。。
持ちネタ尽きて終了。。共にラホールに到着。(夜10時)

またもや、優しいムスリムに助けられ、夜の知らない町での安宿もすぐに見つかり、さらに「君たちはパキスタンのゲストだからとバス代やジュースをご馳走になった。

ラッキーな事に着いたゲストハウスで、スーフィー(イスラム神秘主義)のカワーリー(音で神と同一になる演奏)のライブが行われていた!

「ラホール」
首都より都会に感じる第2の都市。
もう此処はインド。茶褐色の肌に原色カラーのサワールカミーズ(パンジャビドレス)で華やかに町を彩る女達。
イギリス統治時代のゴシック様式建築物やムガール帝国時代にこの地が意か繁栄していたかを物語る世界最大級のモスク。眩暈がするほど入り組んだ狭い路地の迷宮旧市街を抜けると、突如目の前に広がる巨大なモスク庭園。
雑踏と聖域。
ラフォールフォートからモスク側へ落ちていく夕日は、時が止まる静寂な空気の美しきイスラム世界。
どうやらこの日は、1年に1度のイスラム経典を解く?唱える祭典らしく、この場に1万人以上のムスリムが集まっていて人々のエネルギーも集結。

ムスリムの人々に旅人として日本人として親切を受けまくったパキスタン。
また必ず、体調を整えて来たい場所。
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by laidbacktrip | 2008-10-31 18:52 | パキスタン | Comments(1)

GET INDIA VISA

2008年10月24日
見事インドVISA6ヶ月ダブル ゲッツ!
マルチVISAじゃないじゃん?と大使館のおじさんに突っ込むと。。
「ネパールに行け」と。
さすがインド人。わかってらっしゃる(笑
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by laidbacktrip | 2008-10-31 18:44 | パキスタン | Comments(0)

「インドVISA待ち中」

2008年10月16日~23日

気まぐれなインド大使館員と噂されるVISA発行。(VISA申請3300RS→1100RSに最近値下げ!&1RS=1.23円まで暴落中、旅人には有難い)
無事6ヶ月マルチVISA取れますように!アッラー神に祈ろうかクリシュナ神に祈ろうか?1週間後に判決下されるのを待つのみ。
イスラマバード首都は近年作られた町、事実上は此処ラワールピンディーがパキスタン最大の交通の要衝。旧市街と新市街。
暖かい過ごしやすい気候。(エアコンが必要なほど暑くないベストシーズン)この環境を生かし、我が家は体調立て直し期間。朝日が昇ると起きてしまう嫁と夜になると目が冴えてしまう旦那。凸凹生活習慣同士、自身のペース別行動で調子を整え、先の旅路へ向ける。

都会ならではの食の選択幅は田舎から来た我が夫婦には輝き放って見える(笑。フルーツが充実しているのが南下したのを感じさせる。フルーツパーラーには、バナナやマンゴの定番の他にザクロ、イチジク、アーモンドのshake(旨い!)やchattと言うフルーツや豆mixの軽食、ハンバーガーなんかもあり常に地元人で満席。ローカル食堂には、ピンク色のチャイ、鳥の肝カレーなど不思議メニューで、飽きていたワンパターンの食生活が豊かになり、心も体もリニューアル!
旧市街:砂誇りの架かったパステルトーンの建築物、入組んだ細い路地は趣きがあり見てて飽きない。
雑踏するバザールは人々と物資で溢れ、車のクラクションは絶えず鳴り、夜でも女性が顔を出して歩き人前で食事している!(パキスタンに入国して初めて人前で食事している女性を見た。いつもは食堂の女性専用個室とかカーテンで仕切られた奥とかで食事している)

観光名所も何もないが何でもゴチャゴチャある!インドが近づいて来た!っと行ってもパ独立国になって50年しか経過してないからインドみたいなもんだけど。
久しぶりの都会は排気ガス、砂埃、何でも流れる臭い溝。低い空には漏電覚悟の絡み合った電線。電気の供給は不安定で計画的に1時間置きに停電になる。
旧市街のカオスより少しだけ落ち着いた新市街に身を置く。
最上階(4階)の部屋から町が一望できる。朝日、夕日真っ赤な太陽の光、お祈りのアザーン音は町の雑音を消し、町や空を美しくオレンジ色に染める。
そして、夕焼け色にモスクが染まる頃、4階建てほどの建物の屋上では凧揚げバトルが繰り広げられ、一見長閑に見えるが切った切られたの真剣勝負!
ある日、宿のテラスに戦いに敗れた凧が落ちていた。贈り物??挑戦状??早速揚げてみると、遠くの方で目を光らせてプロ級の凧捌き師の凧がこちらへニジリ寄って来た!凄いテクニック!我が家はデビュー戦、練習中の身だが情けも容赦も無い。。さすがムスリム!しかも凧糸ではなく、釣り糸?ピアノ線?この夕焼け空では本気の戦いです。(インドのバラーナシでの凧バトルの糸は切れないと言われる魔法の糸が中国から輸入されており、この糸が空中で飛んでいる鳥を切り殺してしまうと問題視されている)

魅惑のパキスタンはやはり興味深いイスラム圏!
今夜は満月。旅運も大潮なのだろうか?
潮干の山へはまだまだ遠いなぁ~ 笑
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by laidbacktrip | 2008-10-31 18:30 | パキスタン | Comments(0)

「PEPTIC ULCER」

2008年10月8日~11日

ビリール谷~チトラールへ。不可能と地元民に言われてていた夕方からのヒッチハイクに見事成功しダイレクトで田舎町のチトラールへ。「なんだかんだ言って運良いなぁ~」なんて調子に乗っていた夜。。

嫁、夕食後腹部の疼痛。。いつもの(?)下痢とは訳が違うヤバイ痛み。。
保険会社に電話するものの、アフガニスタン国境沿いの地方なので、すぐに病院が手配できるか判りませんと言われ。。これは場合に依ってはバンコクに患者搬送になってしまうかもなど夫婦共々不安な一夜を明かす。旦那は寝ずに医療用語を英語で調べまくっていた。

次の日の明朝、安宿の前にタクシーとコーディネーターが保険会社から用意されている敏速な対応に驚きながら、病院に担ぎこまれる。女性が他の男性と接触する機会の少ないパキスタンの医療現場に不安を持っていたが、行き着いた先の病院は女性患者も多く通院しており、ホッと一息。
パキスタンの病院は、日本の個室診察ではなく、待合室兼診察室。みんなで一人の患者の様態を見守る一切プライベートなんて無い。

そこへ日本人登場で、みんなの好奇心擽る格好の餌食となった我が夫婦は、医者の英単語に??辞書を引きつつ診察。そして下された診断結果は、「PEPTIC ULCER」=消化性潰瘍
新しい単語を覚えるキッカケになってしまったなんて楽観的な事言ってる場合じゃないなぁ~とうとう長旅の疲れが本格的に出た様だ。
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by laidbacktrip | 2008-10-31 18:28 | パキスタン | Comments(1)

「驚異的4日間連続移動」

2008年10月12日~15日

田舎の町チトラールは食べ物の選択肢が狭く、疲れた胃腸を癒すには移動するしかない。
チトラール~マスツージ:JEEP200RS、山道4H 
マスツージ~ギルギット:バス学割235RS、この世で最も美しい地方、黄金の紅葉山道13H 
ギルギット~ラワールピンディー:バス1160RS、勘弁してくださいガタガタ道20H!!朝着。
そのままラワールピンディー~イスラマバード~インド大使館!
終始座りっぱなしで腰に悪影響。。椎間板が磨り減り身長縮んだかも?
秋風で旦那は扁桃腺が腫れ、タンと鼻水の洪水に溺れ。。
嫁は潰瘍引き摺りながら車内で痴漢に合い。。
二人して目の下にクマを作りながら、この旅一番の疲労で心は低空飛行。。
ようやく4日間の移動で到着したワラールピンディーは生憎の雨。。
バスのルーフに縛られていたバックパックは濡れ、
重みが増したバックパックを背負って雨に打たれながらインド大使館へVISAの申請に歩く。
テロの影響でポリスチェック厳しいイスラマバード大使館エリアへ。
バックパックを荷物預け所へ置き、各国大使館循環バスに乗るが、途中肝心な申請書類をバックパックと預けてしまったので行ったり来たり3往復。。
完全に疲労困憊で頭回ってません。。

挙句の果てに、インド大使館窓口で、目の前ギリで本日終了のカーテン閉められてしまった。。心身の疲弊。。
ハイエース(タクシー)に都会太りのパキスタン人20名すし詰め状態蒸し風呂状態で安宿探し。。

我が夫婦 ボロ雑巾です。笑
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by laidbacktrip | 2008-10-31 18:26 | パキスタン | Comments(0)

「カラシュバレーへ収穫祭!」

2008年9月26日~10月8日

5年前まではポリス同行で無いと入村出来なかったアフガニスタン国境沿い渓谷。
イスラム圏の中で異色な独自の生活スタイルを持つカラシュ族が多く住む。
ブンブレット谷、ルンブール谷、ビリール谷の3つの谷をカラシュバレーと呼び、各谷には4~6つのカラシュ族とムスリム村が点在する。此処はパキスタンでもなくアフガニスタンでもない無法地帯へ。

チトラール~ブンブレット谷 乗合JEEP 70RS 2時間
未舗装のガタガタ道をJEEPの荷台で移動するが、フライパンで炙られたポップコーン状態で体が車外へ弾き飛ばされそうだった。

自然美溢れる渓谷は、清らかな小川が流れ(飲める!)色とりどりの花が咲き、カラシュ族の美しい衣装に身を包む美女率メーター振り切りの可憐な乙女達が牛やヤギに鞭を打っている。
こんな素敵な楽園が世の中にはあるんだなぁ~
EARTHLY PARADISE!!!
旦那はこんな地で誕生日を迎えられて幸せ者だね。おめでとう!

宿:「ブットゥー家」オーナーのブットゥーは終始ご機嫌なNICE GUY!
3食付き 1BED 300RS(1RS=13円)
旦那の誕生日ディスカウントプライス250RS!
朝食:ウォールナッツ&トマト入りチャパティー、目玉焼き、チャイ、ローカルハニー(蜂&蜂の巣入り)
昼食:ダルカレーORポテトカレー、チャパティー、
夕食:野菜カレー、ビーンズライス、チャパティー、ラム肉サンドチャパティー
基本的に食べ放題なので常に満腹。自給自足、物資供給不足でバリエーションは乏しく常にこの上記のメニュー。質より量。自己制御が効かないと相撲部屋行き。

ここから少し南下したアフガニスタン国境沿い北西部パキスタンは、反テロ戦争が勃発しており、実はアメリカが巨額を投資して作り上げられたと説のタリバンという茶番劇やアルカイダが活動している地域で、此処チトラール(カラシュバレー)だけは攻撃を受けない平和な地とされているが(←パキスタン人曰く)
実際には市場では銃も扱われ、カシミール地方一帯に属す北パキスタンから核実験が行われている北インド周辺は、今も変わらず緊迫状態が続いている。

貧困と信仰心と戦争、複雑に絡み合う地域。

しかし愛に溢れお互いに思いやりシンプルな人々の緩い生活は貧困の卑屈さもなくピースフル、優しさ溢れる心根をもつ人々の姿は一概に不幸とは言えず。我が夫婦が持っていたパキスタンと言う国のアメリカンナイズメディアの情報から感じる負のイメージはぶっ壊され、真逆の本当に温厚でピュア思いやりのある人々との出会い、通りを歩けば林檎や葡萄、チャイを振る舞われ巡礼者や旅人には施しを~イスラム教の教えの恩恵を数々受ける。
親日感情の強い北パキスタンの人々。
99%のパキスタン人はアメリカが嫌いという。
なぜか 今ニュースでやってるように自国の領土を許可なく空爆する国だからだ。 だれがテロリストなんだろうか?
この憎しみの連鎖は続いているように思う。アフガン、パキスタンをはじめイスラム国家は少なからずアメリカを嫌っている。
日本がアメリカの手先になっていることを知らない人がまだ多いパキスタンでは純粋に「パキスタンを助けてくれ」と言われると僕は日本がアメリカの手先なんだという今の状況を伝えるのは酷だった。
また日本が中国にODAを通して補助金を年間数億渡しているのだが、結局そのお金は「パキスタンでの道路を中国が作って便宜を図っているお金」として流用されている。 これは中国のアラビア海への作戦のひとつで重要な石油を確保するため。
そしてパキスタン全体ではテロが頻発、住民は危険の中で生活しているのは事実。

1ヶ月続いたムスリムラマダン(断食月)終了。
回教徒の少ないエリアに滞在していたのでセレモニーや盛り上がりは解らなかったが、通りを歩く人々は卸したての服でお眼化しをして親戚一同の集まる家や友人宅を訪問し渡歩くらしいが(日本の盆正月みたいなものかな?)
此処はイスラム禁酒国。
しかしこのラマダン明け連休を利用して、此処カラシュバレーへ旅行に来るパキスタン人は俗に乱れ、普段の禁酒から開放されたとばかりに朝からシコタマ酒を浴びて、ベロベロに泥酔し踊り出したり絡んで来たり。。羽目を外しに来ている様子。。
イスラム教徒が夢見る天上世界か?
ラマダン明けはアッラーも休日なのだろうか??

我が夫婦は珍しがられて写真取られまくり。。(旦那と一緒に並んで撮影するが明らかに旦那はフレームアウト笑、普段女性を撮影する機会がないムスリムならではかな?)
日本車の輸入業をしているといういかにも悪そうなヤクザ風パキスタン人に出会い、通りすがりの羊飼いから羊を買取、振る舞われそうになり(3000RSで買取。社長は「日本円なら7000円だ」と言っていたが、一体何時のレイト計算なんだか??今は4200円程度ですぞ社長!と突っ込み入れたかった)
この後、ディールに住むアフガンの血を引くパシュトン人20名(全員男)酒なし爽やかBBQに参加する事になった。豪快なパキスタンのBBQはさすがムスリム山羊を目の前で殺生し、皮を剥ぎ内臓を取出し、部位を解体。この旅で幾度か見た光景。(チベット仏教者(不殺生が教えであるが肉食の者のために殺生するのはムスリムの仕事)

多種多様な文化を私たちが狭い価値観でジャッジする権利は無い。
私たちは多くの命の犠牲の元で生かされている。

ブンブレット谷~ルンブール谷へ ヒッチハイク
宿:「サイフラー家」2食付き 300RS
宿の前はカラシュ族の木材と石を利用した民家が、山の傾斜をうまく利用して建設されておカラシュ族の生活が眺められる面白い場所。
辺境の楽園は旅では無く生活になりそうなほど緩く、この地でゆっくり過ごしている旅人も個性的で長旅変態者ばかり。
ベットは網ベット(ハンモックをベットの木枠に嵌めこんだ様な物、これは日本でも流行る!)
お世辞にも綺麗な宿とは言えない部屋で、みんなダニやノミに刺されまくっていて体をボリボリ掻いている。
我が家は虫とはご縁が無かったが。。この後ブンブレット谷のクラカール村へ戻りテント泊した際、寒くて借りたブランケットに蚤が!
旦那は一晩で50箇所以上(さらに追加で数え切れないほど)刺された!!
誕生日プレゼントやね~ 笑

この2週間、収穫祭のためにその後も博物館や小学校を見学に行ったり、隙間風防止に内側にビニールが張ってある小さな掘立小屋教室は、机は無く椅子のみ、生徒20名先生2名。理科の授業はすべて英語の教科書。小学生のころから電気回路も英語で説明。。どうやら母国語のウルドゥー語の教科書なんて無いし、多種言語国の教育ベースが無いから英語で学ばざる得ないとの事。日本は母国語の日本語で教育が受けられて羨ましいと言われ、また一つ物事の見える角度が拡大したかなぁ


いよいよ2週間待ち続けた収穫祭へ !!
カラシュバレーは、新聞もTVも電話ももちろんインターネットも無いので祭情報は口コミのみ。しかも何時行われるかは直前に決めるという適当さ加減。
踊りと音を愛するカラシュ族の「葡萄と胡桃の収穫祭」
この響きに期待し待つ事2週間。。蚤やダニと共存し待つ事2週間。。

しかし期待高まる胸は押しつぶされ、何処にも葡萄や胡桃も無く、乙女達は内側を向き輪になり、顔も下を向き、天と地を仰ぐ様な感じも無く地味なステップを踏み。。
閉鎖的で内向的な非常にわかりにくい収穫祭。。
シャーマニズム的な儀式なのだろう。食べ物も酒も何も無く誰も口にしていないのだが、明らかに男たちは酔っ払っている。どうやらコソコソ影で隠れて葡萄酒を飲むのが祭りの楽しみらしい。。
わかりにくい祭り。
禁じられた中に興奮を覚えるのか、飲みすぎた人々の矛先のダンスは地味すぎて抜けきらず。。結局喧嘩が始まる始末。。田舎の祭りらしさか。。
最後は、酒乗りで弾けてグダグダにだらしなく閉まりの無くまま終わったように見えた。。
不思議な文化だったなぁ

教訓:祭りと恋は偶然で必然の出会いに限る(笑c0158636_2126057.jpgc0158636_21262063.jpgc0158636_21283783.jpg
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by laidbacktrip | 2008-10-31 18:26 | パキスタン | Comments(0)

「1泊2日 シャンドール峠越え」

2008年9月24~25日
ギルギット~マスツージ 450RS バス14時間(バス故障のため。。)
マスツージ「ツーリストガーデン」落ち着いた緩いナイス庭付き宿
マスツージ~チトラール 200RS 乗合JEEP 4時間

ヒマラヤの麓荒涼の山峰が折重なり、ターコイズブルー色の美しい川が流れ、素朴で愛敬たっぷりの子供達が垢だらけの一生懸命振ってくる辺境への峠。

景勝な車窓を眺めて感動するものの、奇薄な酸素には勝てるわけなく睡魔に襲われ、まるで酸素を求めて水面に口をパクパク開ける金魚の様に、我が夫婦も金魚化しほとんど道中記憶無し(笑
バスの中もラマダン(断食)中だったので、オヤツ無しの遠足状態。。(外国人は断食免除だが、我慢している人を前にして食事するのは気が引けた)

アフガン人が多く住む「チトラール」(外国人登録を警察署で取得)
1本しかないメインストリートの坂道に濃厚な顔つきの男達が犇き合い、チトラリアンは物腰柔らかくフレンドリーですれ違う人と目が合えば「アッサラマ レイクン」と挨拶しっぱなし、中古の日本ディーゼル車が排気ガスを吹かせて狭い道を通る。(北パキスタンでは、中古日本車しか見かけない)女性は頭からブルガをスッポリと被ったアフガン人がたまに通りを歩くが、布しか見えないので実際は人種国籍性別不明。

夕刻7時、薄暗い町中にアザーンが響き渡る。国民の95%ムスリム同一宗教で戒律厳しく生活している様子が伝わる時間。
お祈りの時間、賑やかだった通りの店はすべてシャッターが閉められ、人も車も一切合切いなくなり異様な空間、我が夫婦はポツンと廃村に瞬間移動した様に取り残される。

お祈りが終われば、アフガンスタイル食堂(小高い座敷に靴を脱いで座る、机は無し、食べ物は座敷に置く)は開き、人がモスクから現れる。

こんな静かなウルドゥー語国の小さな町の通りで、日本の中古トラックが「左へ曲がりまぁすぅ~♪」ってウインカー響かせながらゆっくり走って行く(笑
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by laidbacktrip | 2008-10-30 23:31 | パキスタン | Comments(0)

すっかり老夫婦

2008年9月21~23日
気がつけば怪我の療養と旅の英気を養う生活は3週間経過していて、此処は故郷の様な懐の広さを町全体に感じる暖かいナイスピーポーナイスカントリーサイド。
今回、怪我をした事によってグッと地元人との距離が縮まった。歩けない私のパシリになった旦那が通りをあるけば毎日声をかけられ回復を喜んでくれた。
現地で仲良くなった人との別れが辛いなんて言っていたら旅なんて出来やしないのだけれど、穏やかな人々との出会い、静寂な町と荒涼の山々の美しさが加わって、結局1ヶ月のVISA有効期限ギリギリまで滞在。おかげさまで何とか歩けるようになった。 ご心配してくださった方々ありがとうございました。

カリマバード ~ (ヒッチハイク)アリアバード ~ ギルギット(乗合ワゴン2H 130RS←此処一週間で物価上昇)

北部最大の町と言われる「ギルギット」でVISAの延長(3ヶ月分申請)
イスラム教は現在ラマダン中で戒律厳しい町は、裏レストランも無く女性も殆ど歩いていなく(眼以外スッポリ布地で隠して歩いている)
アフガン、中国、インドに挟まれたこの地は3年前の宗教闘争以来、ポリスが町の至る所で治安情勢を警備している。
このラマダン中は公共施設は奇数日は休日とか何とかで。。2日に1営業日。。VISA期限切れ5日前~申請受付可。昔の情報は10日前だったので知らずにDCオフィスに訪れた人々は門前払いされていた。お気をつけて~。
オフィス電話の着信音はアザーン(笑)アザーン流れっぱなしで電話になかなか出ないユルイ職場は、イスラマバードのテロの影響かボスが留守で、ボスのサイン承諾を貰わないとVISAが発行されない。結局オフィスで強制ラマダン断食しながら(スンニ派は朝4時から夕方6時まで断食)5時間ボスからの返事を待ち、結局ボス出勤せず直接ハウスへ訪問。スズキ(軽トラックにビニールハウスで屋根を作ったタクシー)で向かいイギリス植民地の名残を感じるブリティッシュガーデンのお屋敷で見事?
朝9時から6時間かかったが無事に3ヶ月分VISA取得できたぁ。1日掛かりだったなぁ 笑

そういえばこのブログの検索で「熟年夫婦 世界一周」エントリーされてた笑
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by laidbacktrip | 2008-10-30 23:27 | パキスタン | Comments(0)

「ズッコ家 初病院」

2008年9月9日

9日間滞在した居心地の良い「フンザのカリマバード」
次の地へ移動するのが億劫になるほど旅人のオアシス的場所で、世界第2高峰K2山が望めるポイント「RUSH LAKE」へ5日間の登山の計画を進めていた。
およそ準備整い、ツアーではなく自分達の足だけで。もう一人社会人学生と1週間後に此処で再会合流してGO!それまでの時間をトレーニング兼ねて別のポイント「ミナピン」から「ラカポシBC」へ行く事に。

此処カリマバード~ミナピンまで、いつものヒッチハイク移動。
大きいバックパックを背負いJEEP路を降りながら振り向き親指を立てる。と、同時に嫁はバランスを崩し左足を首捻り。。そこへバックパックの重みが。。
そのままヒッチハイクした車で病院へ(ドライバーが優しく正義感溢れる人柄で、目的地よりも病院を優先してくれた感謝)
トレッキング中では無く、普通の道で捻挫。。ズッコ家らしい(笑

パキスタン田舎の病院は、診察料先払いシステムで、包帯巻きたかったら先に隣の薬局で購入する。レントゲンは後払いだったが、左足を怪我しているのに右足もレントゲンを撮影しようとしたため、(パキスタン医療業界もポイント制か?)必要ないとキッパリ断る。
右足首靭帯を怪我した時と同じ位の痛みと腫れだったので、こりゃやばい。。
しかしレントゲンの写真は細部がほとんど写って無くて。。大丈夫かなぁ~?
アイシングも無くシップ薬も無しでイキナリ包帯を巻いて安全ピンでとめて診察終了
本当に大丈夫かなぁ~?最後に痛み止め薬が出たが。。(薬は断った)
腫れ上がる足首を押さえるように包帯巻いた状態なら、そりゃ~痛み止め薬で解決するしか処置法ないわなぁ~

しかしこのトレッキング魅惑の地で歩くのも難しいほどの怪我をしてしまった。

帰り道、旦那は体の前後で重たい大きな嫁のバックパックも背負いながら、再び病院前からヒッチハイク(いい加減タクシー乗れ!って~の!笑)
結局ヒッチハイクで病院に行ってヒッチハイクでまたカリマバードへ戻って来てしまい
「振り出しに戻る」のコマ。

何が起こるかわからない旅路。
幸いパキスタンVISA残日は2週間ほどあるのでのんびりゆっくり怪我と向き合います。

「一回休み」です。
旅人の多くが沈没すると言われる地で、強制沈没(笑
桃源郷で療養生活。
桃や林檎実る庭で読書する我が家は、まるで老夫婦のようです。

療養用に宿移動:マルベリーインHOTEL ツイン250RS(トイレシャワー自家発電付)
コックのフセインさん
http://hunza.web.fc2.com/hussain.html
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by laidbacktrip | 2008-10-30 23:07 | パキスタン | Comments(1)

「登山強化週間幕開け」

2008年9月2~8日
ゼロポイント周辺の宿
カリマバード ハイダーInn HOTEL3階(最上階眺め最高トリプル)300RS
蛇口から出てくる水は、「フンザカラー(灰色)」氷河の鉱物が混ざっているらしい。
夕食は「フンザスタイル」夜8時頃に宿泊客全員で大皿を囲む合宿所の様。150RSで、緑茶、カレースープ、野菜カレー、チキンカレー、ダルカレー、サラダ、白米、デザート、基本カレー味で食べ放題。登山から降りた日は、部活食い(笑。此処パキスタンで太りそう

いざ世界第二高峰K2山を見に行くためにトレーニング登山開始。
カリマバードの背にある「ウルタル山BC(3200M)」へ、村の果実園を抜けてバルティット城麓の迷宮オールドタウンのラビリンスさにハラハラしながら、切り立った荒涼壁の水路沿いを歩き,振り返れば7000M高峰三山白銀輝き、バルティット城は天空の城ラピュタやチベットのポタラ宮を感じさせる(スカルドゥからチベット建築法を真似たらしい)
ウルタルベースキャンプ地へ。UP3時間半 DOWN2時間。
数日後、ウルタルBCからさらに上の「HON PASS」目指すが小雨と雪でウルタルBCで引き返す。UP2時間 DOWN2時間。前回より1時間半早くなり、結果的に「朝飯前ウルタル山」笑

一緒に登ったメンバーにはウルタル夫婦と名づけられた。

翌日「イーグルネスト」(2721M)トレッキング。
日差しに負けない鋼の様な肌と、
心は高揚しても心拍数(BPM)は騰がらないナイス音楽の様な心肺機能が欲しい。
それと現実的には高度計付時計かGPS、気圧計が欲しい(笑


9月2日からイスラム教の断食月ラマダンが始まった。
新月から始まったラマダン2日目の夕方、
ピースフルなフンザの人々は、白銀の巨大スクリーンに移る夕焼け色と初弦の細い月が浮かぶ空を、道端や屋根上にしゃがみ込み、待ち遠しいディナータイムを思い描いているのか?
身を清めているのか??
夕暮れ時に大渓谷に響く祈りのアザーンが、途轍もなく神秘的で、宇宙と宗教。
言葉では表現出来ない静寂した空間が町中を包み込む。

しかしそんなオセンチな雰囲気の中、ヒッチハイクした車内では、
「俺たち今、断食中なんだよね~!朝から何も食べてなくて腹減ったぁ~がははあああ~!」腹が減りすぎて全員ラマダンハイ!終始笑い転げていた。

戒律厳しいイスラム信者は、断食中は唾も飲み込まないとか??

さすが禁酒国。商店のビール(500ML)300RS!!高額!
此処フンザはイスマイリ派が多く、観光産業が入っているためかそこまで厳しく無い。宿のレストランは昼間でも営業しているがやはりローカル食堂はシャッターが閉まっている。

しかしだが、嫁が昼間一人で散歩していたら、道端で先日のミュージシャンと再会した。お茶を飲みに誘われたが。。ラマダン中では??
ローカル食堂もチャイ屋も閉店しているのに??
不思議に思いながら付いて行くと、閉まっている店へ行き、勝手にシャッターを開けて中に入る。この人の持ち店かぁ~??
すると店内は、ラマダン中なのに普通に営業しローカルの人が食べている!
どうやら、イスマイリ派の人々は断食しないらしい。しかし他の戒律守る断食中の人々(シーア派、スンニ派)は断食中。そんな食事を控えている人々の前で食べるという事は、共存している以上芳しく無いので、お互いを思いやり(?)表向きには閉店している様だ。
知る人ぞ知る 裏ローカル食堂のチャイは飛切美味しく感じたなぁ~
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by laidbacktrip | 2008-10-30 22:56 | パキスタン | Comments(0)