カテゴリ:モンゴル( 5 )

モンゴル~再び中国IN

2008年8月11日 「モンゴル~中国入国」
皆既日食自力ツアーの次の日。。
モンゴルのVISA有効期限が明日で切れるのでUBで一息吐く間も無く、オリンピックピリピリの中国へ4度目の入国。
UBの宿に頼んでおいた電車のチケットはやはり取れていなく、自力で駅へチケットを購入しに行くが安い国内当日チケットはあるはずが無い。。しかし国境をこの一晩で超えなければタイムオーバー。。VISAオーバーステイの罰金も幾らなのか共産圏で面倒な事は御免だ。

インターナショナルチケットで中国「二連」まで電車で国境超えの寝台チケット64000TGが見つかり、取りあえずモンゴルからの出国期日が間に合って良かったぁ~ 
ポケットの中の残金は二人合わせて2000TG(200円)夕食は何が食べれるだろう。。ホーシュー(肉揚げ餃子)フルーツ、パンが買え残金10TG(1円)笑。。 
まだ明るい日差しの20時、電車は中国国境へ向けて出発。
しかし、モンゴルさすが相撲王国!男女問わず、押しの強い強引なタイプが多かったな~
グラマラスな巨乳ちゃんも多く(顔はゴツメ)そういえば、日本からお姉ちゃん追っかけてモンゴルに来てた悲惨なオジサンもいたな~)

ふぅ~やりきったモンゴルさようなら~


2008年8月12日 「優しさ溢れる中国」
賛否両論の中国。
「二連駅」AM10時到着だが、パスポートチェックの間に電車は一時乗客を乗せたまま車庫入りし中国の線路幅に合わせ車輪を付け替える。
その待ち時間に車庫から飛び出し1KMほど歩いて食堂で久しぶりの野菜食。モンゴルが終わった事を食でひしひしと感じる。

中華の余韻に浸り満腹のお腹を摩りながら来た道線路上を車庫方面へ歩いていると。。見覚えのある車掌を乗せた電車が動き出している!走って飛び乗る!
間一髪!
うかうかしてたら危うくバックパックごと電車は無くなっていたなぁ~危ない危ない。。

中国ノービザ入国期間は2週間の滞在。
途中VISAを取得出来るか?オリンピック次第。。
取りあえず西へ向かって距離を稼ぎたいが、電車の本数は1日1本程度。「二連」で降車している時間など無いと判断し、5分の停車時間に飛び降り人ごみ掻き分け「フフホト」行きシート席チケットを購入しなおして同電車に飛び込む事に成功!

内モンゴルの人々は本当に親切な人ばかりで、電車内で話が盛り上がると必ず電話番号を渡してきて、俺の町に着たら電話くれ!となるのだが。。そんな意思の疎通で盛り上がっているのは筆談。。電話じゃ会話できないのになぁ~といつも困る。

そんな厚い人達が住む「フフホト」駅に22時着。結局、モンゴルから26時間の移動だった。

夜遅くの内モンゴル大都会、全く情報が無い今から宿探しは不安&厳しいと覚悟していたが、たまたま車内で隣の席だったおじさんが言葉は全く通じないのに一緒に安宿探し&夕食までご馳走になり、朝も宿に起こしに来てくれて電車のチケット購入やお土産までと、我が子の様に世話をしてくれた。(私たちが相当疲れた顔してたのかなぁ?)
水道局で働くおじさんは、内モンゴルの植林活動の事も熟知していて、その植林は私たちの友人も手伝っていると伝えると涙目で乾杯した。(私たちは植林を実際してないのに恩恵を受けてしまった。。)

本当の優しさは言葉じゃなくて行動だなぁ~
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by laidbacktrip | 2008-09-03 17:49 | モンゴル

皆既日食サバイバルツア~!

2008年7月27日~8月10日 インデペンデントツアー

メンバー:日本人7名(インドネシア在住4名、東京在住カメラマン1名、我が夫婦)フランス人1名、モンゴル人ドライバー2名 計10名。
三菱デリカとロシアンJEEPの車2台。
モンゴル初旅路で土地勘無し、しかし皆既日食知識豊富でパーティーピーポー皆既日食ハンターだが今回は完全にパーティー無し音無し状態のただの天体マニア化。

当初の計画では西モンゴルのホーミー村や北部の湖へ行く無知で無茶な予定だったが、メンバーやドライバーの体調不良、予想外の悪路や車の故障などで以下のスケジュールに臨機応変しながらの移動は、
毎日約300KM走行道無き道を数種類の地図とGPSを頼りに切り開く8時間ドライブ、車窓に流れる雄大な景色と勇ましい遊牧民に感動しっぱなし、アジアの大自然しかない不思議な国。交通機関がまともに無く旅人泣かせな所がさらに魅力か?しかしこの時速計算式でいかに悪路ドライブかはご想像通り。

27日①UB→Sum khokh Burd (ぶっ壊れた修道院)→Ergenedalai泊
28日②Bayan khongor泊(最後の町でガソリンや水確認)
29日③Shinejist泊(ゲル敷地内で外敵から守られテント泊)
30日~1日④⑤⑥Great Gobi Strictly Potected Area (不毛の地でキャンプの日々&皆既日食!GPS POINT:N43°27.567、E96°53.333 から徒歩15分丘の上)
2日⑦Bayan tooray泊(ゲル敷地内で外敵から守られテント泊、久しぶりの井戸水にハシャグ)
3日⑧Bayan onbor泊(ローカルゲルで雑魚寝&ガイド役のポリスとさよなら)
4日⑨Bayan khongor泊(7日ぶりのシャワー付宿)
5日⑩Arvaikheer泊(牢獄お化け売春宿)
6日⑪Orkhon泊(やっとツーリストに出会う&滝の側でテント泊)
7日⑫Tsenkher泊(露天温泉&木漏れ日テント泊)
8日⑬Kharkhorin泊(星空馬頭琴&2食付ツーリストゲル泊)
9日⑭OgiNuur泊(湖畔の大草原でテント泊)
10日⑮UBに無事帰路


1日目:Sum khokh Burd (ぶっ壊れた修道院)→Ergenedalai泊
 大草原を走り始める流れる緑色の絨毯と青い空 莫大なランドスケープにモンゴルに来た実感と今から待ち受ける皆既日食への期待が高まる、その夜は恐ろしい程の強風と寒さに先行きが不安になるが準備の疲労で結局爆睡。

2日目:バヤンホンゴル泊 皆既日食POINTへの最後の町。
バーやレストランにはいちいちミラーボールがあり、カラオケやDISCOもあり驚いた。遊びに行く気も失せるほどのバブリーな場末感の店内装飾。
体力の温存で遊びに行ってる余裕などなかったが。。厳冬期の趣味だろうか?なぜかカラオケは「KAPAOKE カパオケ」と表示されていた(笑

3日目:シンジスト泊 全くツーリストの臭いがしない村。
レストランも宿も無いノスタルジックな部落。
村の電力は備え付けられた風力発電と太陽パネルで必要最低限電力で暮らすエコロジーでシンプルな生活の村。星屑の下、我が夫婦はローカルゲルの横でテント生活。
このローカルゲルの敷地内にテントを建てないと夜中に酔っ払いや野犬に襲われるらしく、気の良い人がゲルの敷地を解放してくださった。
アウトドアライフに適した気持ち良い気候。
夕食はレストランが無いので、近所の人が急遽作ってくださったジャガイモ、人参、羊肉のスープと塩ミルク味のご飯。モンゴルに来て一番美味しかった!やっぱレストランよりもローカルやなぁ~ 
しかし21時にオーダーして食べ始めたのは23時だった。。時間の流れゆるいわぁ~

4日目:Great Gobi Strictly Potected Area 
遊牧民の影も無くなり町も無くなった。
生き物の気配の無い莫大な広さの火星の様な乾いた地にテントを張るキャンプ生活。
さすが恐竜化石発掘でも世界有数の地だけあって見た事のない地形、荒岩峰の間を砂煙上げて走る2台の4WD。
このプロテクトエリアに入るためにUBでパーミットを取得したのだが、実は2種のパーミットが必要だったらしくUBのCITYBOYS達も認知してなかったくらい未開発エリア。私たち1種類しか持っていないのでプロテクトエリアに入れないとの忠告を受けた。
突然の高い壁。。此処で引き下がっても此処にいても皆既日食100%圏内には行けない。。
実は一つ前の町「シンジスト」でガイド代わりにポリスを雇っていたので、このエリアの管理任と3時間のゲル内での交渉により、もう一つの切符を手にする事が出来、旅は後退する事無く前進する事が可能になった(このポリスはガイド役だったが、全然土地勘が無かった&その後パーミットの確認は一切なかった。。結局パーミットのポリスも金問題で厄介だった)
中国国境沿いトータルエクリプス100%圏内、晴天率73%エリアへ向かい、GPSとシルバーコンパスフル活用で大草原サバンナをひた走り、国境警備隊に見つからない領域の100%圏内ギリ手前でテント泊。
美しい夕焼けに懸かる2重の虹に明日への天候の期待で皆ニヤニヤする。

5日目:Great Gobi Strictly Potected Area 
毎日8時間以上の車移動と灼熱の激乾燥気候でメンバーは体力的に限界限界にきているようだ。私たちはこの8ヶ月間の旅路で長距離移動にはすっかり慣れて順応適応力で逆境を力まずマイペースに楽しんでいた。
そして水も無い不毛の地でロシアンJEEPが故障という恐ろしい事態発生。。GPSと地図で迷子に。。命繋ぎの水タンクが破裂したり。。砂漠で車がスタックし皆砂塗れで押したりと数々のパプニングを乗り越えて ~

8月1日AM11時 皆既日食100%圏内に到着をGPSで確認!
無風快晴期待高まる!
只管走り続け、井戸水もガソリンも何も無い地での荒野でのキャンプ生活。
ポリスとアーミーのトラップを潜って、大自然と太陽経路を追い、ガソリンの残りと道程を計算し道を作り出す、ロケハンも出せないギリギリまで判らないサバイバル真剣勝負!
残すは雲の動きのみ!
太陽よ!そのまま地上を照らし続けてくれと祈るのみ!

19時02分皆既日食!
サバイバルの果てに着いた荒野には私たちしかいない最高贅沢のロケーション!
黒い太陽輝くコロナにダイヤモンドリング!
ざわめく虫の音と突然の強風雨、雷!
360度夕暮れ、暗くなりゆく空に移る姿は天変地異。

NASAのWEBサイト情報では73%晴天率。モンゴルの晴天率70%以上はこのプロテクトエリアしかなかったから皆必死だった。
GPS POINT:N43°27.567、E96°53.333 から徒歩15分丘の上で20秒観測成功!
太陽と月の莫大な力。
宇宙と共に生きている地球人である事。
今までの経験や価値観、生きている基盤一切を一瞬で飲み込み、本質的はモノのみが浮き彫りに映し出された時間。
その時間という価値さえも超越し、無である有を体験する。
非現実と現実、陰陽、神々しい姿だった。

トータルエクリプスからダイヤモンドリングへと元の姿へ太陽が戻っていく。
青い光が日常の光へと地上を照らし戻っていく非現実と現実の間。
アーミーとノーパミットエリアでのテント泊はハイリスク過ぎるため拠点を常に移動する。
雲一つと無い空に始まる燦然輝く美しい虹色夕焼けをバックに走り去る野生のガゼルやラクダ達と一緒に、私たちの車も走る。
新月の夜は天の川と幾つ数えたか把握出来ぬ流れ星にウットリし、皆既日食の興奮でなかなか寝付けない夜だった。

6日目:灼熱の熱風にJEEPが距離を稼げない。。
水や食料が底をついて来て精神的にも追い込まれる状態になる。

7日目:Bayan tooray泊 夜22時真っ暗な村に到着。。 
井戸水のある村に無事に到着し、水という泉の有難さに溺れる。
遊牧民の様なテント生活も6日目。
毎日テントで眠り人々から切り離された生活は朝日夕日星空を感じ、地球上に自分と何か大いなるモノだけが存在しているかの様に感じる。
しかし昼間は、40度以上の灼熱日差し、熱風突風と厳しい環境の中でJEEPは常にオーバーヒート状態。。
気は常に張っている。

8日目:Bayan onbor泊 まだまだツーリストの全くいない村。
生活感あふれるチベット仏教色ローカルゲルを間借りしてダライラマ14世の写真の元メンバー全員で雑魚寝。久しぶりに的もな食事にありつける。
ゲルの天井に開いた隙間から見える星屑に皆既日食の残像を映して眠る。

翌朝はゲルを貸してくださった家族の目出度い祝いの日にタイミング良く御呼ばれ、親戚一同が集まる5歳の子供の断髪式に同席する事になったラッキーで貴重な体験!
モンゴルの馬乳酒や角付き山羊一頭を神棚に捧げ、青色の聖布を結んだハサミで少しずつ全員で子供の髪を切る大切な儀式にも参加。
しかし朝から酒酒酒で酔っ払ったぁ~ドライバーもウトウトしながら危なげに移動。

9日目:バヤンホンゴル泊 
2日目に立ち寄った町に戻って来た安堵感と砂埃でドレッドになったヤマンな髪、パサパサな顔の深い皺を7日ぶりのシャワーで潤す。
山羊や乳ばかりで野菜の無い食生活とキャンプ食、きっと体臭はヤギ臭だっただろうなぁ~笑

10日目:アルバンヒール泊 
中途半端に電力があることで変な方向に栄えてしまった田舎町は、ほとんどが裏側で売春宿。場に不釣合いな厚化粧と薄明かりの個室を控えたレストランがロンプラガイドブック一押しで間ニューも20種以上書かれているが実際料理可能なのは2種のみ。
車のディラーはUBでも見かけなかったが町を走るのは新しいトヨタ車。多くの車内は日本語表記。。
ん~世界の裏側のカラクリは、日本の洗脳社会では見れなかったシーンの一つ。宿も恐ろしいほど牢獄で汚くくさくスターリンの臭い漂う夜だった。

11日目:オルホン泊 
「ガイドブック歩き方」掲載されている町でやっとツーリストに出会う。(後で知ったが世界遺産だった笑)
同じ一つの国とは思えないほど色んな表情を見せるモンゴル。
南部の乾ききった不毛の地、岩山脈は針葉樹の山に変わり、ラクダ達はいなくなり、大草原に広がる無数のヤギや馬、ヤクも見られるようになった。緑が増え川が流れる北欧の様な穏やかな車窓。
我が家は、大草原の中に突如地形変した滝と川の中洲で開放感の中テント泊する。(メンバーの内、我が夫婦と植林君とフレンチガールの4名は常にテント泊希望組)
夜中に馬達がすぐ傍の川に水を飲みに来る音がして興奮!しかしその後、暴風雨に見舞われる。

12日目:ツエンケル泊 
ヨーロッパでも見かけなくなったと言うエーデルワイス咲き誇る美しい丘を無理きり超えるブレーキも怪しくなってきた危機感のJEEP。。
反比例する様に大草原に沈む夕日と一番星を眺めながらの露天温泉。(温泉のみは5$)浮力で疲労も吹っ飛び、暖かくなった体でテント泊。
嫁は寒冷地仕様の寝袋だったために朝までスヤスヤ眠るが、旦那と友人は寒くて凍えガスストーブをテント内で焚くほど湯冷めしてしまった。
しかし朝日の美しさと木漏れ日の暖かさ、久しぶりのゆっくり過ごす朝の時間で体も心も回復。

13日目:ハラホリン泊 どうしようもないほどツーリスティック。。
ゲストハウスという名のツーリストゲル2食付宿でオートマチックなモンゴルを体験。
2000M標高の地で肉食はさすがに体に堪えると思いきや、日本のホルモン剤保存料注入肉食ではなくオーガニックな環境のフレッシュ肉を口にしているせいか意外にも体は軽かった。朝青龍が建てたとかいう高級ツーリストゲル宿にも冷やかしに行ってみたり、夜は星空のした馬頭琴やホーミーが聞けて音が夜空に広がった。

14日目:オギヌール泊 
最後の日に相応しく、青々と輝く大草原に輝く湖畔でテント泊。馬やヤギも一緒に水浴びする馬油が気になる湖で泳ぎ、湖畔でビーチ気分でゴロゴロビールするが。。
気を抜くと馬糞を枕にしちゃいそうな香ばしい香りの湖だった。。
モンゴルは日が落ちるのが遅く、20時頃から始まるサンセットショーはロマンチックロングジャ~ニ~!

15日目:無事UB到着!
オギヌールからUBは舗装道路建設中。数年後には開通されて今のような旅しにくい交通機関環境は解消されるであろうが、大自然の賛美も変化するのだろうか。
コンビニエンスな味わいではない、サバイバル環境順応力と忍耐強い過酷な旅がモンゴルの魅力かもしれない。
そんな道を横目にオフロードをガタガタ走っていると、後ろから砂煙を勢い良く上げて飛んでくる車とバイクが抜き去っていく。スポンサーステッカとビブナンバーを背負う姿「ラリーレイドモンゴル」が開催されているらしく、遊牧民と大自然の舞ったりとした流れとは真逆のパキパキ勝負が同じ道で行われていた。
そんなこんなでUBに無事帰路。

2週間の珍道中は、英語の通じないドライバーとの意志のすれ違いや、日本語が通じ合う同士でも旅のスタイルの違い、生き方のコミュニケーションに苦労したりと人間渋滞学など改めて考えさせられる勉強の場だった。

そしてサバイバル皆既日食を体験し生きて帰って来ている実感が神経細胞の隅々からジワリと心に響いていて当分余韻で楽しめそう!
ドライバーやメンバー、この機会へ導いてくれた99年のハンガリー皆既日食からの出会い
多くの友人と理解ある家族
すべてに生きている喜び
これから訪れるすべての事柄がますます楽しみになった。

皆既日食を共にした友人の写真付ブログ
http://ontheplanet.seesaa.net/
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by laidbacktrip | 2008-09-03 17:27 | モンゴル

旦那斬られる(ご心配なく)

2008年7月26日 

車のトランクに山盛り詰め込まれたフルーツや服が大通りに突然現れて商売を始める、首都のUBの物価はけして安く無くアジアの中では高価方(フルーツや野菜は日本の方が安値)、都会の抜け穴的商売か?

共産主義が崩れ始め移住の自由を手にしたモンゴル人達は都会に集まるが、都会暮らしはガソリン高騰などと何かと現金収入が必要な場で、仕事の無い人達や週末払いの給与が足りない人たちは犯罪に手を染める。今UBはどんどん治安が悪化し、ゲットー生まれのHIPHOPも大流行している最中。。

旦那がターゲットになった。。斬られた!と言っても、体では無く。
!リックサックを!

交差点で信号待ちしていた所、二人組の女にやられた!
背後に不信感を抱くパーソナルスペースに入った痩せた女がカバンを切り、その行為が周りに見られないように塞ぐ太った女のプロテクニックだった!
不振に思って振り向いた時には時遅し、巧みな速さ業。。

リックサックは縦30CMほど、ザックリパッカリと切られてしまった。。

幸い、リックサックの中身は犯罪者がズッコケルほどの物しか入ってない(タオルとノートのみ)ので、リックサックは帰らぬ物になってしまったが、下手に動いて体を切られたり、貴重品がパクられたりしなくて良かったかと。。不幸中の幸いか~ 
知人も道路を横断する際、ポケットに手を入れられてスリ未遂にあったりと。。
何かと気の抜けないUB。。
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by laidbacktrip | 2008-09-03 01:32 | モンゴル

60歳代旅人との出会い

2008年7月19日~26日 「UB@モンゴル」
 
皆既日食への準備に追われる日々が始まった。。
初めて会う人達とインデペンデントな自力ツアーを組むため、車チャーターからルートチェックに2週間分の10名分の食料と水の確保。。英語がほとんど通じずモンゴル語表記も読めず。。
時間に追われて寝る間も無く忙しく慌しい。。
正直言ってこれが結構シンドイ。。


旅の熟年ベテラン達が続々と集まる此処UB(ウランバートル)個性的な面子で濃いキャラの旅人は世界を何周しているのかわからない様な人々ばかり。
その強者ぞろい中で「地球の歩き方」編集長がこの宿の取材に現れた!
30年以上のキャリアを持つバックパッカーは良い意味でド変体!興味をそそる人間味。


そんなこんなな流れで、編集長と取材同行。
日本人慰霊碑を参り、先人達の犠牲の元で今日の自分達が世界を旅するという恵まれた環境に要られる事に感謝する。
日本から援助物資として送付した衣服がちゃんとモンゴルの「ダンバダルジャ寺院」に中国やどこかの町でスタックする事なく届いているかどうか確認しにいくと、チベット仏教寺院の僧侶や低所得者家族や子供達の元にきちんと配られていて、ほ~っと息をつき安心する活動家の編集長。
編集長曰く、ガイドブックを売る事で僕は生活をしている。それはモンゴルの人々のお陰でもあるので少しばかりだが御礼がしたいと、日本で物資募集をすると日本の物質社会が嫌になるほど服が集まるとか。。2トンを自費で送付したらしく衣服が活用されていて安堵の様子だった。
:低所得者の子供達は「マンホールチルドレン」と呼ばれており、極寒のモンゴルの冬期をストリートチルドレン達は寒さを凌ぐためにマンホールの中で生活している。そのためなのか路地のマンホールには時々蓋が無く、いきなりデカイ穴が開いていたりする。


日本でも良く見かける募金や海外物資援助募集の活動を見る機会があるが、本当に当人の元へ届いているのかなんて怪しいと勘繰っていたりしたが、今日、こうして目の前で本当に衣服を手にし、喜んでいる人々の話が聞ける機会に恵まれた。
編集長に同行しただけで私達の衣服寄付など無いのだが、お礼を言われてしまった。。
この機会をお礼事後活動として帰国の際には、モンゴル援助活動YOGAイベントや音楽イベントを日本の仲間と開催したい。

その夜の夕食の席(編集長とインドネシアの宿経営者)では、
活動の継続と次世代へ伝える事の大切さ。
周りの目を気にして臆病になり、個人での意思を持った活動やバックパッカーが減ってしまっている。もっと世界を自分の目で見て体験し、多くの文化や人々に出会い、自分自身に革命を起こして欲しい!
飛び出す勇気を持って欲しい。
そして勇気ある人達を嫉妬や妬みの目では無く、応援できる心の余裕さを身に付けて精神力を養って欲しい!
と革命家らしく活動を通して伝える大切さを人生にしている60歳代との心に響く大きな出会いだった。
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by laidbacktrip | 2008-09-03 01:27 | モンゴル

首都ウランバートル

2008年7月16日

馬頭琴のプロ演奏者を息子さんに持つ宿でのディナー(自炊)は、贅沢にも音楽(馬頭琴やホーミー)にあふれた暖かい時間。
意外にも物価高で肉食なウランバートルでの外食は、毎食食べるのはいろんな意味で厳しい。

皆既日蝕への準備の日々は、二転三転しながら車のチャーターやプロテクトエリアへのパス申請、キャンプ生活の食材など、完全にインデペンデントなツアー2週間のアドベンチャーをエクリプスハンター仲間と情報の少ない中、深夜までミーティングに励んでいる。

ノリや勢いで行くには命を落としかねない、ほとんどツーリストなど誰も足を踏み入れていないエリア(プロテクトエリアA)を狙っている私たち&エクリプス10年追っかけ人&NGO植林人+カメラマン&バリカップル&フレンチガールの合計8名は、毎晩いつに無く真剣に討論を重ねる。お世話になっているゲストハウスの家族も、このエクリプスに駆けるクレイジーブリに最初は煙たそうにしていたが、最後の夜には私達の夢を応援してくれるくらいまでに、思いが伝わったぁ~~~~~~~~!!

さすがにウランバートルまで来ると、東南アジアなどではなかなか出会わなかった旅の変態さん達と続々と面白い出会いが続く中、

年金取得者エクリプスハンターが現れる!
近年の皆既日蝕ブームに驚くおじさんは、1973年ケニアからエクリプス人生開眼し、小さなディバックで元気な気力と体力を生かし世界中を駆け巡る。
「行ける時に旅しておきなさい」
ん~説得力のあるお言葉です。

そんな中、さらに「地球の歩き方」編集長が現れる!
わが夫婦は、取材同行や夕食を共にし、大変経験値高いハイレベルなお話を聞く機会に恵まれた。

続きはまた 時間のあるときに~
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by laidbacktrip | 2008-07-25 01:52 | モンゴル