「西アフリカ最終章。ガーナ縦断の旅。北部編」

ガーナ北部も、まだサバンナ地帯、最高気温42度。。。c0158636_8562936.jpg
連日の40度越えも、2ヶ月たとうとしている。暑さにバテてきた。
雨が増えてきた。マラリアに罹る危険性が高くなる時期だ。

そして、元フランス植民地から、元イギリス植民地へ。
アフリカ初の英語圏になって意思疎通が楽なった。(アフリカ英語の訛りも強烈ね)
出会う旅人も、ヨーロピアンからアメリカンに変わった。。。旅人同志の距離が遠くなった。

さらに、水が不味くなった。(水道水もフィルター水(ビニールのパック)も、絵の具の味か、石鹸の味。。。)
ガーナ料理が口に合わない。。。
ケンケー、TZ,、バンクー、フーフーなど、穀物や御飯の練り物などだが、全部同じ様なモノに思えた。
一通りトライしてみたが、2度は無かった。
スパイシーな味付けなのだが、屋台もレストランもMSGフルパワーだよ。(北部国境近辺のみ)

下痢と吐き気が毎日。。。(結局、嫁はガーナ滞在中半月間。旦那は何とか持ちこたえた。)
ジワリとボディーブロ。


そんな先行き不安な「ガーナ縦断」は、予定外のヒッチハイクで入国。(イミグレの役人も紳士的、黄熱病予防接種カードのチェックもスマートだった。)
乗り合いタクシーのボッタクリに辟易していたら、ガーナ人がヒッチハイクのトラックを探して来てくれた。国境エリアでこの親切度合いは、ハイレベル。
巨大トレーラー。初めてトラックにヒッチハイクで乗った。
運転手と助手、その後ろのシートに座り、高い車窓からサバンナとガーナの田舎の景色。
舗装道路は完璧なフラット。しっかりとした外灯までついている。たぶん日本製援助道路。
町まで31kmの距離はあっという間だったけど、とても親切なガーナ人達とは、
「今後は、日本で会おう!トラックで!」と握手して別れた。
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「ボルガタンガ」 アニミズムのパワースポット。トンゴの丘。テングズグ集落。(乗り合いバス:トロトロ30h、0.8セディ)
村から歩いて片道4km。まだまだ最高気温42度。。。もちろん帰り道も歩いて4km。
神聖なシュライン(神殿)の岩場に囲まれたエリアに。入り組んだ土壁の小さな家屋。
井戸水飲んで灼熱の中、辿り着いた小高い丘には、インドのハンピの様に、自然が織り成す、神業の岩の造形。
宇宙のバランス。サバンナの地平線。
神殿へは入場料:10セディ、学生8セディ。(ガーナは三大外貨収入源の内、観光業が含まれている)神殿までさらに歩いて2~3km。
ビジターセンターがあり、やる気の無いおじさんが管理している。ガイド無しなら5セディだけど神殿へは行けんよ。と言ってた。

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「ボルガタンガ」~「タマレ」 トロトロ:2,3時間←忘れた。5セディ(荷物代:1セディ)大型バスほど安いと言っていた(2~4セディが相場)
クーラー無し。車内の音楽アメリカンヒップホップ。「エミネム」がバァ~っと流れた後に、「マライヤキャリー」とかビックリする選曲。
そうそう、元イギリス植民地だから英語圏になったのだけれど、イギリスじゃなくて、THE アメリカ!
節々にアメリカを感じる。オバマフィーバー!
西アフリカは、どこもオバマフィーバーしてたけど、「ガーナ」は英語圏だからか、キリスト教徒が大半だからか、アメリカ意識をより強く感じた。
南部ガーナの港ケープコーストが、ジャマイカやキューバ、ブラジルへの黒人奴隷の出所だったからか。
現にアメリカ黒人が、「ルーツはガーナだ」と言う人も多いらしく、その一人に「スティビー ワンダー」も含まれるとか。


「タマレ」ガーナ北部の交通の要所。ここから「モレ国立公園」へ。←徒歩サファリ(歩いて野生の動物を観察)が出来るという稀有な国立公園。
「モレ」行きバスのチケット発売開始は、朝6時から。
明日の6時にまたチケットを買いにくるとして、今日は「タマレ」で1泊しよう。

宿:「カトリック G.H」バスターミナルから2km。タクシー1セディ。
トイレ&シャワー付。小さなバルコニー&ファン付。TV付だがチャンネルは2個だけ。
ガーナは蚊帳付の宿が無いな~。マラリア汚染地区なのにな~。。。ただし網戸はシッカリしてる。
シングル21セディ。ダブル28セデイ。


翌朝、夜明け前の朝6時。薄暗い中、旦那が歩いてバスのチケットを予約しに行く。「メトロ。。何とかバス会社」←名前忘れた。
すでに人だかり。並ぶ事を知らない人達。全員がチケット争奪ライバル。
と、思ったら、名前を書いて予約するだけ。黒人だらけの中、旦那も押し合い圧し合いで見事、予約表に名前を記入!一瞬で予約完売!
な~の~に~、チケット本売りは、6時間後の午後12時半。バス出発の30分前。。。何?このややこしいシステム。すでに体力消耗だよ。
このシステムなら、ダフ屋がいてもおかしくないだろう。
名前だけ抑えて予約代行業務とか、バスターミナル前の商店とか遣りかねないのに、こういう隙間産業は無いんかね。


ま~いいわ。今日は朝から予約表に名前書けたし、チケットの予約出来たわ~。
この旅で一番大きな仕事をしたような達成感で、朝焼けが美しく感じられた。
そんな旦那、一人で朝御飯を屋台で食べる。オムレツとパンとミロ。(ガーナに入国したら、ミロがカフェ文化に登場)
水が不味くて、ミロが泥水に見える。。。
ま~いいわ、バスチケット予約した達成感と充実感で満ち溢れているからさ~。
心は、泥水にはならないのさぁ~。と、ルンルン気分で宿へ戻り、身支度整えバックパック背負ってもう一度、嫁と一緒にバスターミナルへ。

そして12時。予約してあるチケットを買うだけだが、人だかりが出来ている。並ばない国民性?(いまどき中国もインドもきちんと並ぶのに。。。)
これじゃ、早朝、予約した意味無いよ。。。
予約したなら確実にチケット取れるんだから、押し合いせずに並んだほうがスムーズなのに。。。また押し合いへし合いでチケット争奪合戦。
ん~~~。。。この旅で「2度とやりたくない」と思った事ってあまり無いけど、これは「2度とやりたくない」部類かな~

しかも、1時発のバスが来ない。最高気温42度。。。暑いよ。
6時間待っても来ない。もうすぐ、もうすぐと言われ続けて6時間経過。。。
夜7時。まだバス来ない。これ以上遅くバスに乗ったら、モレ国立公園到着は深夜か?翌朝か?疲労困憊で夜中のテント泊。。。
そんな事までして行きたいか?縦断ルートから反れるルートなのに、この状況。。。行くか?行かずか?
西アフリカの中で、国際援助により発展し旅がしやすい国と聞いていたが。。。北部は別物、忍耐だな。

そして、アザーンが響きわたり日没を告げた。と、同時に我が家も「モレ国立公園」行きをキャンセルした。
その場でチケット転売して、夜道を歩き宿探し。
しかし、旅の神は見捨てなかった。客引きがヒントをくれたのですぐ近くで宿が見つかった。
(結局、翌日は朝から雷雨大雨だったので、国立公園はキャンセルして良かったんじゃないかと)

タマレ宿:STCバスターミナルから近い安宿「AL HASSAN HOTEL」へ。
リニューアル部屋。巨大アフリカサイズダブル:20セディ。(改装前の部屋は、ダブル10セディ。シャワー&トイレ付)
TV、シャワー、トイレ、ファン、鏡台、机、椅子など、清潔で快適。ガーナ旅で一番綺麗で広々していた。スタッフも紳士的。


ここ「タマレ」は、さすが北部玄関口と言われている交通の要所なだけあって、バスターミナル周辺には、商店や売店、露天商がたくさんある。
屋台の食事もバリエーションが増え(?)、町の発展とともに、味付けがまともになった。
さらには、「チャイニーズ ファーストフード」売店の救世主現れ、春巻きとチャーハンで久しぶりにお腹いっぱい食べた。
日本のコンビニ食の様な味気なさだったが、それでもガーナ料理が口に合わない我が家にとってはクモの糸だった。
発泡材の容器、プラスチックのスプーン、紙ナプキン、輪ゴムなど、テイクアウト用の包装備品の完璧さに、ガーナの発展を感じた。
そして、ゴミ箱は設置されているが(どこかの国の援助だろう)、ゴミをゴミ箱へ捨てるという教育が無いのか、町中のゴミが目に付いた。

もうアフリカンタイムなんて無くなった。
ガーナ人の口からは、「時間が無い」という言葉を聞くようになった。

2011年5月上旬。
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by laidbacktrip | 2011-05-24 08:51 | ガーナ | Comments(0)
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